パリのお墓第2弾:モンマルトル墓地(2015年4月、フランス・パリ) | クラシック音楽と食べ物と。。。

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今回は、前回に続きパリのお墓シリーズ第二段です。

 

地下鉄2番線のBlanche駅を降りて地上に出ると、そこはちょうどムーラン・ルージュの目の前。多くの人がムーラン・ルージュの写真を撮っている横をすり抜けてモンマルトル墓地へ向かいます。

(写真は2017年撮影のもの)

 

モンマルトル墓地は、モンマルトルの丘にあって、パリの3大墓地の一つと言われています。ここにも多くの著名人が眠っていますが、今回も、芸術家を中心に見ていきたいと思います。ペール・ラシェーズ墓地ほどは大きくなく、むしろ少しこじんまりした感じがします。といっても、10.48ヘクタール、東京ドーム2.4個分の広さです。

墓地に入ると、かなりの威圧感で上に道路がとおっていてちょっとびっくりします。上を走るコーランクール通り、墓地より後にできたのでしょうか。

 

少し進むと少し広い空間に出ました。

 

こちらはベルリオーズのお墓。

エクトル・ベルリオーズ(Hector Berlioz)、フランスの大作曲家です。以前はフランス紙幣の肖像画にもなっていました。1803年12月11日フランスラ・コート=サンタンドレで生まれ、1869年3月8日パリで亡くなっています。ベルリオーズと言えば女優ハリエット・スミッソンに失恋し作曲した幻想交響曲、さらにファウストの劫罰ロミオとジュリエットなど、多くの作品を残しています。結局、ハリエット・スミッソンとは後に結婚するのですが、そのハリエット・スミッソン、2人目の妻マリー・レシオもここモンマルトル墓地に眠っているようです。それにしても立派なお墓です。

 

こちらは、ニジンスキーのお墓。

ヴァーツラフ・ニジンスキーは、ロシアバレエダンサーで振付師です。1890年3月12日ウクライナキエフで生まれ、1950年4月8日ロンドンで亡くなっています。いったんロンドンで埋葬されますが、その後1953年にここモンマルトル墓地に移されました。セルゲイ・ディアギレフと一緒にパリバレエ・リュスを立ち上げ、ヨーロッパに大旋風を巻き起こします。ドビュッシー牧神の午後リヒャルト・シュトラウスティル・オイレンシュピーゲルストラヴィンスキー春の祭典などの振り付けも行っていますが、20世紀を予感させる斬新な振り付けだったようです。こちらのお墓は、ペトリューシュカの衣装を着たニジンスキー、絶対に見間違うことのない印象的なお墓です。

 

こちらはモローのお墓。

ギュスターヴ・モロー(Gustave Moreau)。フランスの画家です。1826年4月6日パリに生まれ、1898年4月18日パリで亡くなっています。神話や聖書から題材をとった幻想的な絵を数々残しています。

 

アドルフ・サックス(Adolphe Sax)。1814年11月6日ベルギーディナンで生まれ、1894年2月4日パリで亡くなります。楽器制作者で、サクソフォーンの発明者でもあります。楽器制作とパリ音楽院でのサクソフォーン教育に生涯尽力した人のようです。サクソフォーン吹きの友人のかわりに合掌。

 

こちらはオッフェンバッハのお墓。

ジャック・オッフェンバッハ(Jacques Offenbach)は、1819年6月20日ドイツ(当時のプロイセン王国)のケルンで生まれ1880年10月5日パリで亡くなっています。オッフェンバッハと言えば「天国と地獄」がどうしても一番に思い浮かびます。昔、運動会でかかっていたあの曲です。でも、この名前ペンネームだそうで、本名じゃないらしいのですが、墓石の名前ペンネームでいいのか?

 

更に歩いていくと、

 

ドガのお墓が見えてきました。

 

エドガー・ドガ(Edgar Degas)。印象派の画家です。1834年7月19日パリで生まれ、1917年9月27日パリで亡くなっています。バレリーナなどの絵が有名ですね。

 

そして、最後にゾラのお墓。

エミール・ゾラ(Émile Zola)。1840年4月2日にパリで生まれ、1902年9月29日パリで亡くなっています。小説家で、「居酒屋」「ナナ」などの作品を残しています。遺体は1908年にパンテオンに移されていますので、ここにあるのは墓石のみです。フランスの栄光の象徴と認められるとパンテオンに収められるようです。ちなみにベルリオーズも生誕200年の折にそういった議論がされたようですが、結局シラク大統領によって議論が中断されたのだとか。

 

ここには他にも、スタンダール(作家)、アレクサンドル・デュマ・フィス(作家)、ハインリヒ・ハイネ(詩人)など多くの著名人が眠っています。

 

今日は、さらに別の場所にもいってみたいと思いますが、そのお話はまた次の機会にしたいと思います。