万年筆とイチローズの話 | Okinawa通信 ⇒ 伊都国つうしん

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2010年1月。30年以上住んだ東京から引越し、沖縄生活をスタート。
その沖縄に10年暮らし、『Okinawa通信』を書きました。
が、さらに、2019年10月末に、ここ、福岡市西区・糸島近くの
「伊都国(いとこく)」の地に。

伊都国つうしん 173

 

 

● 伊都国とはまったく関係のない話です。

 

  (久しぶりに書いたからなのでしょうか、えらい長くなってしまいました。

   興味のある方はどうぞ最後までお付き合いを)

 

 

 

まずは、万年筆の話。

 

このブログで何回か書いていますが、

私は昔から本や新聞などで知った、気になった言葉、気に入った言葉などを

ノートに書き写しています。そのノートもかなりの数になっています。

それは、ほとんど万年筆で書いています。

 

ときどき読み返してみたりしますが、それこそ30~40年くらい前のものは、

書かれている文字が読みにくくなるほど、インクがかすれたものもあるのです。

 

 

 

       たぶん30年以上前に書いたもの。

       「海からの贈り物」 アン・モロー・リンドバーグからの抜粋。

       読みにくいほどインクがかすれている。

 

       新潮文庫ですが、私の持っているものは

       著書が 「リンドバーグ夫人」 となっている。

 

 

「翼よ!あれがパリの灯だ」 で知られる、

あの、大西洋初の飛行機横断成功のリンドバーグ、の夫人。

時代がかわって、さすがに今の時代、著書名に 「夫人」 はないだろうと、

現在の文庫では 「リンドバーグ夫人」 ではなく、本人の名前になっているようです。

 

それはともかく。

すばらしい本で、40代後半くらいだった私は、この彼女の本から

ずいぶん気づきと勇気をもらいました。けっこう、書き写しています。

 

 

 

          このままだと消えてしまうので、

          こうやって改めて文章を読みながら、

          上から新たなインクで書き重ねている。

          その作業をしながら、

          書かれている内容を再認識できている。

 

 

書き継ぎの作業をしながら、万年筆のことを改めて考えました。

 

万年筆って、

それこそ中世ヨーロッパからの教会文書はじめ多くの文書が残っているように、

何百年も文書が残る、だから万年筆、そうなんじゃないの ……となんとなく思っていたので、

この30~40年でのテイタラクはなんだ!……と。

 

 

でも、それはきっと私の勘違いですね。

で改めて、なんで「万年筆」という言葉になったんだ、と調べてみました。

 

万年筆の原語は、中学で習った「fountain pen」 泉のペンですね。

それより以前は、多くは羽ペンにインクをつけては書き、つけては書き、であったのを、

軸に蓄えた分のインクがなくなるまでは、それこそ泉が湧くごとく

書き続けることができるようになった ………それできっと万年筆になったんですよ。

 

 

 

私は万年筆で文字を書くことも好きなので、必ず持っていました。

 

 

 

        現在持っている万年筆、4本。

        一番左のがおそらく40年以上持つペリカン。

        上記の「海からの贈り物」抜粋はこれで書いた。

 

        40年の間にペン先や、

        色が変わっているペン先軸も交換して、

        いまだにたぶん一番使っている。

        あいだの2本はモンブランで20年くらい。

        右のべっ甲は日本製手作りで10年くらい。

 

 

 

で、私のノートの話に戻りますと、

ノートに記した文章の中でも、実は同じように30年くらい経っているのに

薄れもせずに、しっかりしているものもあります。

 

だいたい半分半分くらいでしょうか。

薄れてしまっていて、上記のように、新しいインクで上書きが必要なもの、

上書きしなくも、まだしっかりと文字がインク色で残っているもの、とが。

 

つまりは、インクの問題なのです。

どうやら中世ヨーロッパ時代に書かれしっかり残っている多くの文書や

日本の明治期に書かれた文書もそうです。

時代に風化されない、強いしっかりしたインクが使われているのでしょう。

 

 

対して、現在の万年筆のインクは、どうなのでしょう ………

もしかすると、泉の如く書き続けられるように、粘度の低い成分のインクになったのか、

だから、インク文字が薄れやすくなったのか、そんな疑問をもちました。

 

 

前記の40年使っているペリカン万年筆、

なぜなのか当時、ペリカンインクとパイロットインクの両方を使っていました。

さて、薄れたのは、どっちのインクなのでしょう (笑)。

 

 

話は変わりますが、

たまに、友人や知人から、万年筆で書かれたハガキを受け取ることがあります。

(あぁ、いいなぁ)とそれを見たときに思います。

 

そうは思っても、心配性な私は、一度も万年筆でハガキを書き出したことはありません。

道中、雨にぬれて万年筆で書かれた住所や文章がにじんだり流れたりするんでは ……と

思ってしまうからです(笑)。

 

 

 

 

● イチローズの話。

 

   万年筆の話が長くなってしまいましたが、

   次は「イチローズ」 のこと。

 

 

ウイスキー好きじゃなければ、おそらく知らない人が多いでしょう。

なので興味がない方は、どうぞ飛ばしてください。

 

イチローズは、日本の新興、ウイスキー蒸留製造会社のブランドです。

ウィキペディアで改めて見てみると、ちょうど20年前に設立されたようです。

 

それまで日本のウイスキーといえば、サントリー、ニッカ、キリンの大手が主流。

すでに世界の5大ウイスキー

(スコットランド、アイルランド、アメリカ、カナダ、日本)のひとつとして

ジャパニーズウィスキーは認められ、とても人気が高い状況でした。

 

 

 

なぜ、ここでイチローズの話をするのか、といいますと、

 

わずか20年前創立の会社から生まれた「イチローズ」 がとてもうまいこと、

すでにもう世界的な評価を獲得しています。

そのイチローズを、私は、東京の友人からいただき初めて知ったこと。

 

そしてその20年前創立の会社からうまれた「イチローズ」 の評判から、

現在、日本のあちこちに新興のクラフトウイスキー蒸溜所ができていて、

(私としては) けっこうどうなんでしょう状況になっているのでは、と思うこと。

などからです。

 

 

 

           今回の東京小旅行で、

           再び、Tu さんから頂いたイチローズ。

           今回は「クラシカル・エディション」。

           うれしい。おいしい(笑)。

 

 

 

このブログ内検索をしてみたら、2017年に初めて Tuさんから頂いたようで、

そのときに「きっとダメだろうな」 などと、失礼にも書いていました (笑)。

つまり、それだけいいウイスキーには時間がかかるし、

また樽ウイスキー同士のブレンディングに熟練が必要だからです。

でも、口にしてそのすばらしさに驚きました。

 

それからあっという間に、

ジャパニーズウィスキーの高級ウイスキーの仲間入りをしています。

 

 

その成功ぶりから、先ほど書いたように今、日本のあちこちに、

新興のウイスキー蒸溜所ができているのです。

 

調べてみると先の大手も含めて、

北海道から沖縄までに日本では113社のウイスキー蒸溜所があるそうです。

 

先日、テレビでもそのドキュメントをやっていましたが、

「ウイスキー」と言えるようになるまでには、確か3年以上の樽熟成が必要です。

 

それまで待てないわけですから、

実はそのテレビのドキュメントでも、会社の商品を紹介するときには

「ウイスキー」という言葉は使っていませんでした。

 

そのかわり「ニューボーン」とかいう新語を使っていました。

蒸留からわずか1年少々の酒を「ニューボーン」という名で。

 

私には、正直、

蒸留から1年少々の(ウイスキーっぽい)酒が、うまいとは思えません。

けっこう高額で売っているようです。

 

 

外国人による投資としての買い占めによって、

数も少なくなるし、とんでもない高額になっているジャパニーズウィスキー。

いまの在り方が決していいとは思いませんが、

 

世界的な評価を得ているジャパニーズウィスキーの、

その評価を下げることにならなければいいが、などと、

まったくの私見ですが、思ってしまいます。