Okinawa通信226
●先週6月23日 (土) にようやく梅雨明けしました。
4月28日に梅雨入りでしたからほぼ2か月 …… 長かったですね、今年は。
その6月23日は、沖縄慰霊の日でした。
昭和20年のこの日、沖縄戦が終結したとされ、沖縄戦で亡くなった方達を追悼する日です。
梅雨明けから1日過ぎの土曜日。
丸まる一日快晴。気持ちいい。
罰当たりな私は、昨年もそして今年も、天気がよく風がある ……とその慰霊の日にウィンドサーフィンをやりに海に出たのでした。
昨年は、ウチナンチューのウィンド仲間 Naさんも一緒で、彼がちょうど正午に手を合わせていたのを、今年思い出しました。
慰霊の日には、テレビも特別番組をつくり、沖縄戦での惨状をとりあげて記憶を新たにし、次代へ語り継ごうとしています。
軍によって、避難壕から追い出され、マラリアの蔓延する島へ強制疎開され、スパイ容疑をかけられ、強制的に就労させられ、そして集団自決させられ ……… 当時の県民の4分の1にあたる約20万人の沖縄人が犠牲になっています。
平和の礎 (いしじ)。
写真は、平和の礎の画像サイトより
ニュースでは、最後の激戦地になった糸満の摩文仁 (まぶに) 平和祈念公園にある 「平和の礎 (いしじ)」 が映されます。
国籍、軍人、非軍人の区別なく、沖縄戦で亡くなったすべての人の名が刻まれた礎の前で、自分の親族の名を指でなぞりながら涙する人びと。
いまも遺骨をさがす人びと、集団自決した(させられた)壕のそばで、涙しながら当時を語る人びと。
それを見ている私も、涙をとめることはできません。
沖縄に居ると、その悲惨な沖縄戦の歴史、そして日常的に聞くジェット音やすぐそばにあちこちある米軍基地のことも含め、
日常の中で 「戦争」 ということを考える時間ができます。
それは、沖縄以外のどこの都道府県に住んでいても、おそらくないものでしょう。経験しないものでしょう。
その無関心さに、自分も含めてあらためて呆れてしまいます。
慰霊の日のテレビを見ながら涙する私は、それまでの沖縄に対する無関心さに罪悪感を持たずにはいられません。
基地があるから、だけではなく、
沖縄は、唯一地上戦が行われた地として、その悲惨さを忘れないよう次代の人びとへとしっかり伝えていく決意をしていると思います。
それでも少しずつ風化していくでしょうが、この沖縄慰霊の日は、それをまた思い出させる特別な日なのでしょう。
●話題は変わり。
その6月23日に海に出たのですが、残念ながら風はなく、ようやく最後に2度ほど走っただけでした。
この日は、ほぼいつも海で一緒になるナイチャーの、私より年上のHさんと私だけ。
彼は、早々とあきらめ、道具をしまって私が上がるのを待ち、少しゆんたく (おしゃべりの沖縄語) して帰りました。
私はそれから後片付けをし始めたのですが ……… なんと、私のクルマの周りは、大変なことに。
実は、翌日の24日 (日)は、ここ海中道路でトライアスロンが行われることになっていました。
当然、その間は、交通規制され、ここには入れません。
そんなこともあって、前日に海に出てきたということもあったわけですが、
私がクルマをとめるいつもの駐車場近くにも、その明日の準備のためのテントづくりなどがされていました。
そして 「今日はもうダメだこりゃ、もう上がろう」 と海からあがって、Hさんとゆんたくしている間に、
クルマを駐車したスペースも、いろいろ準備を始めていたのです。
ちょうどそこは、スイムからバイクへとトランジットするバイクの駐輪スペースになるようで、骨組みづくりが始められ、
私のクルマが、いかにも 「ジャマです!早く出てください!」 状態になっています(笑)。
もちろん、そんな言葉は誰も言いだしませんが、
早く工事を仕上げたい …… という顔や視線が、あちこちから私のクルマと、道具を片付けている私に向けられていたのでした (笑)。
その駐車場には、工事関係者以外のクルマは、私のクルマだけ …… という状態。
私は ……といえば、別に急ぐでもなく遅くでもなく、いつもどおりのペースで道具を片付けクルマに載せてそして着替えて……周囲の人びとは、それをただ待つだけ ……だったのです。
悪いなぁ … とは思いつつ、一人悠然と帰り支度をしたのでした。
私のクルマのスペースだけ、未工事。
可笑しくなったので、
出発前に、思わず写真を撮ってしまいました。
海中道路で行われるトライアスロンは、
スイム1.5km、バイク40km、ラン10km
とのこと。
●話はまたまた変わり。
翌24日 (日)の夜は、以前、牡蠣パーティーがあったあのナポズキッチンで、今度はローストビーフパーティがありました。
ご案内があって、私らふたり出向いたのですが、前回同様の盛況ぶりでした。
残念ながら写真は撮り忘れたのですが、また初めて会った何人かのウチナンチューたちといろんな話をすることができました。
家族のこと、沖縄で働くこと、基地のこと、若者の行動を抑える上の年齢層のこと、しまぁのこと、などなど、
けっこう率直で、楽しい話でした。
その中で、沖縄に来て、ずっと気になっていた2つの言葉の意味が、おそらく 「それだっ!!」 という感じで解明されたのが、
とってもうれしかったですねえ。
両方とも以前に書きましたが、
1つは、夏の旧盆のときに道を練り歩くエイサーの歌と踊り、「道ジュネー」 と呼んでいるのですが、
この 「じゅねぇ~」 が、何だかわからなかった ………。
それが、ウチナンチューたちとの話で、分かったのです。
彼らも確かではないけど ……… と言ってましたが、間違いないでしょ。
それは、「道巡礼(みちじゅんれい)」 が沖縄方言でなまって、「道じゅんねぇ」 「道ジュネー」 になったのですね。
これなら意味もバッチリ分かります。 なんで、気づかなかったんだろ……。
もう1つ。以前、沖縄北部のヤンバルにある 「ター滝」 に遊びに行ったのですが、
この 「ター滝」 の 「ター」 って、いったい何??? と思っていました。 考えてもよく分からない、ウチナンチューに聞いても分からなかった。
これ、中国語で大きいを 「da」 と発音するらしい。 これから「ダー滝」「ター滝」となったのではないか??……ということ。
…………しかし………いまこう書いていて、道ジュネーよりは、うんと説得力が落ちるなぁ、、、、、
飲んでるときは、「それだっ!」 と思ったのでした が(笑)。
う…む、どうも 「ター滝」 は、またの宿題かな ………。


