こんにちは!
ときどき海と山、いつもは地元関東での暮らしを楽しんでいる50代です。
さて。
先日「無知は罪」について書かれたこちらの記事を読みました。
けれど、少しだけあたたかい余韻も残りました。
人は、自分の見えている半径の中だけで世界を決めがちです。
私にも、あります。
海と山、食とトレ、仕事と家族。
その半径の「常識」。
でも、
記事に出てきた不登校の話、発達の話、戦争や宗教、LGBTQ+など、
私の半径の外側には、私の常識が役に立たない世界がある。
そこに気づくこと自体が、まず一歩なんだな、と強く思いました。
「知らなかったから仕方ない」は、
もしかしたら、最初の免罪符にはなるかもしれないけれど、
永久免罪符ではない。
「知らないままにしておくこと」を選び続ける態度は、たしかに罪へ近づくと思う。
「言葉は諸刃の剣」って、比喩としては聞き慣れているのに、
具体の場面に置くと、刃先の冷たさが急にリアルになります。
たとえば、
「無理して学校に行かなくてもいい」は、善意100%でも、届き方は人それぞれ。
「デブは不幸、痩せた今は幸せ」が軽口のつもりでも、心に突き刺さる相手がいる。
発した瞬間の自分勝手な手触りの良さより、相手の人生に触る重さ。
ブログを書いている以上、ここは忘れたくないところだと思います。
ここは私のブログだから、好き勝手に書いてもいい。
嫌なら読まなければいいだけ。
ネタがない日、つらつら心のうちを吐き出したい時。
無意識に、こんな風に思っていた自分がいるのではないだろうか。
先ほどの記事を読んで、反省しました。
そして、これからは、こう考えようと思います。
「好き勝手に書く自由」はある。
けれど、
「好き勝手に傷つけない努力」は義務。
自由は打ちっぱなしではなく、回収まで含めてこそが自由のルール。
「好き勝手」と「のびのび」の境界線は、きっとある。
世界は、私の半径よりずっと広い。
全部を理解するのは無理。
それでも、自分の地図の外に
地続きの町があることを忘れないでいるだけで、
言葉の角は少し丸くなるのではないだろうか。
海で言えば、
見えているリーフの外に、深いドロップオフがあることを承知して潜る感じ。
山で言えば、
ガスの向こうにナイフリッジが続いている前提で歩く感じ。
見えない世界を想像しているか否かで、
装備と姿勢が、変わります。
知らないことは、誰にでもある。
知らないことは、誰にでもある。
でも、無知を放置する態度は、誰かを傷つける可能性を孕む。
だから、知ろうとする意思と、書き直す勇気を持とうと思います。
「ここは私のブログ」だからこそ、自由の隣に責任を置いておきたい。
「無知は罪なのか?」の私的な答えは、
無知を放置することは罪、
知ろうとすることは 平和への扉。
だって、ほら、沈黙の艦隊で海江田艦長が目指したのは世界平和。
潜水艦の名前は、やまと。
大いなる平和という意味の 大和なのだから。
予定通り、観てきました〜
もう1回観たい!今度は4DXで観るぞ〜
ではでは、
元気な方は元気を維持で、
そうでない方は早く元気になりますように![]()
皆さま、どうぞご安全にお過ごしくださいませ。
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