珈琲と虹と鯨の棲む場所 -51ページ目

珈琲と虹と鯨の棲む場所

東京都三宅島をフィールドに直感を綴る

今年は節目となる、第20回三宅島産業祭に参加しました。
みなかみ町、伊那市、小金井市の友好都市の皆さんが、
来島され、天気も快晴で各ブースも大盛況でした。

親父の時からお世話になっている、高遠町の牧野晃さん

2016年8月6日に父が他界し、2017年9月2日(父の誕生日)に江島さま法要の高遠町で再会
なんとも運命を感じない訳はなく、牧野さんからも、
「顔を見て親父さんそっくりなので沖山さんだとすぐわかった」と言われた。
牧野さんなくして、友好都市盟約はなかったと誰もが語る重鎮で、
絵島さまの法要では毎年三宅村から関係者が訪問していて、
高遠町と三宅村は来年で友好50周年を迎える。
 

みなかみ町の河合さんは、ハワイに別荘を持ち、スカイダイビングもするアクティブな元議長

最初にお会いして握手が痛いくらい強くこの人は何か違うと直感的に思った。
強面だけど、いつも優しく接して頂いております。
たくみの里に行くと、河合さんのホームという感じで、明るさと力強さが凝縮している場所です。
2000年の噴火後、全島避難中に「三宅村の子供たちに雪の体験をぜひ!」ということで
みなかみ町との交流がはじまり、三宅村の平野前議長(平野食堂さん)と河合さんの強い繋がりから、
さらに深い、みなかみ町の友好関係が始まった。

みなかみ町は水もきれいだし、山が美しい。そばもフルーツも美味しいし、
三宅村とみなかみ町をクライミングで繋ぐ野望(M&Mプロジェクト)は、
ぜひ近い将来に実現したいと思っている。
 

【追記】
それぞれの友好都市には、必ず強く繋がるきっかけとなる方がいて、
その関係を長く続けるうえで、重要な役割を果たしている。
これは誰でもできることではなく、この世界では昔ながらのGNO(義理・人情・恩返し)が大事!
高遠町で言えば牧野さん、小金井市で言えば神島さん、みなかみ町で言えば河合さん。
こういう人たちは、良い事ばかりは言わない。
「三宅島はこんなところは見習いたいけど、ここはダメだな!」とはっきり苦言も呈する。
多くの重鎮からそれを学び、それぞれが大切にしてきたことを心に刻んで交流を広げたいと思う。
懇親会では、「それぞれのないものを補う関係でありたい。
みなかみ町には海がある。それは三宅島と友好都市関係だから。
三宅島にも雪が降ると思ってお付合いしてください。」と話されていました。

友人や恋人や夫婦もそうなのかもしれませんが、お互いにないものに惹かれ、
お互いをリスペクトするからこそ、良い関係がはじまる。


ジャン・コクトーの詩を堀口大學が訳したもの
Mon oteille est un coguillage qui aime le drait de la mer.
JeanCocteau

集中していると、ふと何かが降りてくる時がある。
このデザインを描いている時に、この詩が降りてきた。
なので、「貝」をハワイ語で調べてみたら、"Kahalulu" 
まずはマッコウクジラの骨で1本、彫ってみようと思う。

いろいろな調べ事をしていると、オシャレな表現はフランス語が多い
フランス人は詩的で、人生時間をとってもオシャレに生きているのかもしれない。
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【追記】
とりあえず大きさの違う2本を彫ってみた。
一度、完成したかな?と思ったら、一晩そのままにしておいて、
翌日にもう一度手に取ると、見えなかった部分が見えてくることがある。
ただ、どこでやめるかも重要で、やりすぎてしまうと、彫りは取り返しがつかない。
やめ時の見極めも重要だったりする。

昨日、椎名林檎が音楽を作る工程や作品の考え方をインタビューに答えていた。
建築家みたいな、細部にこだわる部分や曲間を詰めてる理由なども、殿方は黙っててとか、
転調の意識などは、人生のサントラになってて欲しいと言っていた。さすがアーティスト、
モノづくりのこだわりは、みんな根底は一緒なので、いちいち納得してしまった。

改めて自分がボーンカービングをやる理由についてや
師匠のハンセンさんの作品には、到底追い付かない部分などを理解したうえで
どうやって自分の中で折り合いをつけていくかなど、考えてみた。

三宅島にストランディングしたクジラの骨を使っているというのは、
この上ないオリジナリティだし、クジラは幸運を運ぶと言われていて、
地球上で最大の動物なので、神様の使いとも言われている。
それぞれは一点ものなので、世界でひとつしかない、
それでいて「ハワイアンやポリネシアンのお守り」という、
幸運を釣り上げるフックのカタチなどはデザインもカッコいい。

こういうものは、信じるか信じないかはアナタ次第という感じだけど、
夜の虹が見れたり、カフェから鯨が見れたり、岩を登ったり、
都会で生きていたら、体験しないだろうことを、ごく普通の生活の中で
体験してしまっているので、信じないわけにはいかないというのが正直なところ。

だから魂を込めて作品を彫り続けるし、これを付けた方の幸運を願い
この先にどれだけの幸せをボーンカービングを通じて実現できるか、
ある意味、決められた人しかできないのだから、やるべきだと考えている。




 


最近、インスタグラムでフォロワーがボーンカービング検索からくるせいか、
タトゥーのアーティストの方がちらほらいる。
還暦過ぎたら、タヒチアンのようにポリネシアンタトゥーを入れようかと考えている。
そのころまで生きているかもわからないし、実現できるかわからないけど。

ボーンカービングとは、一度亡くなった動物の骨に、
再び魂を吹きこむ作業だと、師匠のハンセンさんは言います。
WAIMAKA という名前で、作品を彫り始めたころから、
これからは名前を考えて行こうと、頭の片隅で思い始めた。
すぐにはできなかったけど、朝起きるちょっと前や入眠時幻覚などで
ふと頭に残ったりするときには、それに従うようにしている。

このデザインには、「富賀(とが)」という名前をつけました。
それは三宅島の富賀浜にストランディングした、
マッコウクジラの骨を使って、完成した形だからです。
(夢の中で、そうするようお告げがありました。笑)

大きな骨から形を彫っていると、「これはやるべきだったんだ」
と、自然に導かれていることを心の底から実感するし、
まわりの音が聞こえなくなるほど集中できて、充実感を得られる。
そして、紐を撒き、「このネックレスをするものをお守りください」
と、念を入れて完成するときには、恍惚を感じる。

インターネットを通じて、いろいろとメールを頂きますが、
ネット販売は致しません。三宅島に来て、直接ご覧ください。
三宅島でしか手に入らない、一点もののアクセサリー
ぜひ、大切な方のプレゼントや何かの記念など、
心のご褒美として、気にいった作品を連れて帰ってください。
「これをするものに幸あれ」と念じて、お渡しします。