ちあきなおみ氏の「喝采」に刺激を受けてエレカシ宮本浩次氏が「普通の日々」を創ったと思われる一考察 | イテルギター教室~人生DIY~

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ちあきなおみ氏の「喝采」
https://www.youtube.com/watch?v=inUBzjhaz7Y

宮本浩次氏の「喝采」カバー
https://www.youtube.com/watch?v=01p6G1rEnt0

エレカシ宮本浩次氏が影響を受けたと思われる「普通の日々」
https://www.youtube.com/watch?v=Wa7KG-en-Ms


・共通点は語り手の日常が舞台であるという点
・その日常に、「喝采」は訃報という非日常が舞い込む。そのコントラストが際立たせる悲しみが主想。タイトルを「訃報」ではなく「喝采」にしたことで、

あくまでそちらの舞台が日常で、受け入れられない非日常である訃報の重みを際立つ。

・「普通の日々」はあくまで日常が続く。
「悲しい訳もない俺は静かに歩いてた」
「悲しい訳もない俺が静かにうたってた」
の詞は、「喝采」の訃報を意識していると思われる。
訃報という非日常は、そこにはない。

それでも、「後悔も悲しみも飲み込んでしまう時よ」と、
「普通の日々」=日常に対し、諸行無常、去り行くすべてのものへの寂しさを感じている。

「喝采」では「恋のうた」を歌い喝采を浴びるのが日常である。
恋する「アナタ」はもう居なく、歌う行為と恋とが分離していることが、一層悲しさを増す。

「普通の日々」では「幕が上がる 俺はきっと普通の日々から あなたを想ってうたをうたおう」
と、日常の中に恋と歌が統合されている。

 

おだやかに、繰り返される日常のように、あなたへの想いも続いていくだろう

というしみじみした恋情が描かれていると思われる。