2022年は、3/11の大震災から、11,年目になっちゃうんだね。
あの時から11年もの時が経つんだね。
今は、いろいろな事を妄想してるよ。
3/11の震災の時は、地元の日立市にいて、生まれて初めての地震揺れを体現したよ。
あれから、11,年も時間が流れてたんだね。
いやあー、しみじみ、思い起こしたのは、ブログでフォローしてる「としさん」が、etekoの地元を訪れてたのを知った時からだよ。
「としさん」の日立市の認識は、3/11の震災で、酷い被害を受けたのかと言う認識みたいだった。
etekoが妄想したのは、日本のマスゴミとかは、報道機関のような顔をしながら、まともなニュースを流していないと言う事だよ。
テレビとか新聞とか、長い間見てないから、日本のマスゴミのいい加減さに、ずーと前から気づいてたけどね。
でも、eteko自身も、自分が生まれて、育った地域の歴史とか何にも知らなかったよ。
最近は、ネットでいろいろ調べてるようになって勉強してるよ。
そうなると、今の政治家も、マスゴミも、財界の奴らもアホばかりだと思えてきた。![]()
etekoさん、大甕と言えば、、、電車、走っていましたね~”と言う「としさん」のブログ記事をまたまたリブログしてみた。
写真家のとしさんはいい仕事してるね。![]()
良い生き方や、いい仕事してる日本人は、絶滅危惧種になってるのかなあ。![]()
としさんが日立市に来訪する前に、etekoは、eteko
ハウスにいたよ。
先週なんだけどね。
ここでは、受信料を解約したテレビが見られるよ。
それでも、テレビの番組は見るに堪えないので、ほとんど見ないよ。
YouTube ばかりを見たり聞いたりしてるよ。
その時に、たまたま民放の「ふしぎ発見」と数番組に、チャンネルがあってしまった。
先週は、民放の放送、「水戸黄門」、「鬼平犯科帳」なんかをチラッと見てた。
その流れで。「ふしぎ発見」と言う番組にチャンネルがあってしまった。
まだ、やってたんだと思いながら見てた。
そしたら、CMで、若い頃に通ってた、日立製作所の「大みか工場」が映し出された。
こりゃあびっくりだよ。
二酸化炭素を削減しましたみたいので流してたけどね。
まあー、びっくりこだよ。
「大みか工場」は、海岸線の側を通る、国道の245線の山側の大みか地区に広い敷地を有してるよ。
245号線が隣の東海村から久慈川を超えて日立市に入ってくると、海側は、日立港が辺りは、流れてくる久慈川のおかげで扇状地になっていて、平らな土地だよ。
そんな地形の所には、太平洋側に面する当惑地方までは漁港が広がってるよ。
3/11の震災では、この太平洋側に拡がる扇状地域の海に面する地域が、津波でみんな遣られた。
大みか工場の敷地に入る245線頃は、上り坂になっている。
東京方面からやって来ると、日立市は、市境の久慈川を超えると上り坂になっている。
そこまでは、日立市から太平洋に接する地形は同様だ。
阿武隈山系の山が、太平洋に突っ込んでいるような地形だ。
山のすそ野が、太平洋に沈み込んでいる。
その海岸線は、20,30メートルくらいの断崖になっている。
海と山に挟まれた台地が広がっている。
やまから 海に流れ込む、短い河川が多くの扇状地をを形成している。
太平洋に拡がる河口付近には、漁村がある。
川が流れてる、平らな土地には、田畑の農村が存在していた。
そして、山の方には、古代から、狩猟や鉱山開発のヤマシたちが暮らしていた。
鉱山は、最初は金山の開発みたいだった。
山から太平洋に流れ込む川には、砂金が採れた。
その大本を開発するヤマシ達が、山に入り込んだ。
日立市が栄えたのは、もともと日立鉱山からだった。
この山からは金が採れたみたいだ。
奈良、平安の時代から開発されていたんだろう。
日本が日本国として成り立ってきた頃に、日立鉱山の開発は始まったみたいだ。
ただ、日立鉱山は、購読の害などあり、この地を支配した佐竹氏、江戸私大の水戸藩も何度も挫折した。
それが、明治の末期に、再開発されて、栄えた。
鉱石の掘削には、欧米の電化システムをいち早く取り入れた。
その電化製品のメンテナンスを担当してた、ひとりの技術者から日立製作所が始まった。
最初は、5人くらいだったみたい。
最初の工場と言うか修理の作業場は、、日立鉱山の坑道の下の方にある町工場みたいな建屋で始まった。
この建屋は、今の町工場じゃあないよ。
農家の納屋の建屋を流用したものだよ。
ここは、日立鉱山を開発した日本鉱山の敷地に現存してる。
ああー、いろい調べないことが沢山あるなあ。
etekoはなにを書こうとしてんだろう。
まとまらない。
分裂症だなあ。
ここで書きたいなと思ったことは、真実は当事者しか分からないと言う事だなあ。
でも、当事者でも、etekoみたいなアホだと、何も伝えられないってことだよ。![]()