etekoの「雨にも負けず」だす。
この動画の再生回数が4桁いきそうだ。
etekoがYouTubeにアップした動画では珍しいことだよ。
この歌は、3.11の震災後に、宮沢賢治の詞、「雨にも負けず」に、etekoが曲を付けて作ったよ。
etekoは、3.11の震災の日の事は、よく覚えてる。
あれから10年以上も時が流れている。
その間に起きた自分の出来事を、3.11の震災より記憶に残ってることはない。
何しろ、2011年の3月11日の午前中は、ナカちゃんを車に乗せて、田尻の家が建つ更地に来てた。
この日は、更地で地鎮祭なるものを開くことになっていた。
家を建てるのに、こんな少人数の地鎮祭はあるのかと思えるような少人数だった。
全部で4人だった。
その内訳は、家の建築依頼者側が、etekoとナカちゃんの2人。
そして、タマホームの建築担当者が一人。
タマホームの担当者が千葉県の方から呼んだ神主さんが一人。
この4人だけだった。
地鎮祭の予定は、10時からだったろうか。
更地の前の狭い道路にeteko達が先についていた。
それから、まもなく、タマホームの担当者が到着した。
更地には、前日辺りに用意していたのか、更地の真ん中に、篠で四方を区切った結界のようなものが囲われていた。
その中の、北の方角の方に、簡易的な祭壇みたいのが作られていた。
パイプ机の上に白いテーブルクロスが敷いてあると言う体だった。
eteko達は、買いそろえていたお供え物をその祭壇に並べた。
まもなくすると、千葉から来ると言う神主さんが現れた。
この時、ナカちゃんは車椅子だった。
3.11の震災の日の記憶がカギになって、etekoの眠っていた記憶がいろいろよみがえってくるなあ。
ナカちゃんは50代のころ、転倒したオートバイにつっこまれて、左足を骨折してしまった。
それから、近くの病院に,3月くらい入院していたろうか。
退院後、どんどん歩けなくなった。
若いころからの糖尿病も悪化してた。
ナカちゃんは、「事故後にリハビリをできなかったから歩けなくなった。」とよく口にしてた。
親父が亡くなった平成14年のころは、全く歩けなくなっていた。
と言うことは、あの事故にあったのは、平成以前だったのか。
後で調べてみよう。
田尻の家に来る前の、桜川のボロ屋敷の暮らしの写真。
eteko農園の見廻りの時に種を蒔いたスペースを観察してみた。
タマネギが発芽したような葉っぱが出てる。
松の葉の針状の葉っぱ。
これは、タマネギが発芽した幼芽だと思うんだけどね。
まだわかんないなあ。
様子を見てみよう。
ホウレンソウは発芽してるのかなあ。
雑草の沢山発芽してるみたい。



小さいナスが一つなってた。
これが最後かな、まだ紫っぽい花が咲いてるけどね。
これも収穫してたべちゃった。
カレーの具にしたんだなあ。

空は曇天だった。
空を見上げても、同じ景色だった。
それならばと、下を見下ろしてみた。
空き家だらけの市営アパートだなあ。
家賃は安いはずだと思うんだけど、空いた部屋には誰も入らないなあ。
どんどん人が消えてく地域だなあ。




ナス入りカレーだなあ。
最後の晩餐は、ご飯を2日分炊いちゃったよ。
これを、一日で食べないといけなかったよ。
最初は余ったご飯はラップにくるんで持っていこうと思ってたんだけどね。
食べちゃった方が面倒じゃないとも思った。
それに美味しかったしね。

ああー、そして、パチカスに変身してしまったetekoだよ。
金もないのに影武者君に献金してしまう。
その一部は、ミサイルで日本にちゃんと帰ってくるよ。
でも、ポッケナイナイのetekoは、浮いてたお金を戻しただけだよ。
当分はパチカスに変身できないなあ。
でも、それはいい事なのかなあ。







前のどんぶりの写真が最後の晩餐だと思ったら、まだまだ続いてた。
最後の晩餐と言うのは正しくないなあ。
前の写真はマルトで買い込んだ食材が切れる時のどんぶりだなあ。

ヘアーカットした時に撮ったしゃしんだ。
1000円カットなんだけど、消費税のせいで、1100円になってる。
ここの1000カットは、etekoの桜川のボロ屋敷から一番近い場所にある。
プリちゃんがいた頃は、日立医療センターのある遠い方に通ってた。
ひんなもんてせ、ここで髪を切りに来たのは、3度目だ。
場所は、6号国道を超えたちょと右側にある。
歩いて行った。
短い距離なのに、腰が苦しくなり、休み休み向かった。
距離にした、1キロもないなあ。
時間をかけて歩いて行った。
6号国道を横切る交差点の十字路の角には、山側に松屋がある。
その対面の海側には、いわきから出てきた操業が昭和の何年とか言ってる麺類のチェーン店がある。
あれあれ、名前が出てこない。
田尻の家に入って来るときの十字路の角にもあるのに、お店の名前が出てこない。
etekoにも来てるのかなあ。
来てます、来てます。
物忘れ。
アルツファイマー。
ボケ。
ボケてきただけだなあ。

ヘアーカットの帰り道に、怪しい酒屋に寄った。
酒が切れた。
タバコも切れそうだった。
怪しいと言うのは、ここの酒屋は、コンビニが立ち並ぶ以前からできてた酒屋だ。
町工場の工場の建屋を借りて、安売り酒店を始めてた。
町工場の建屋を売り場の店舗にしてるので、酒屋にしては売り場面積がかなり広い。
昔は、よくここで酒やたばこを買ってた。
近くに、マルトが出店してからマルトだけになってしまった。
この店の前は、会社に行く時に必ず通っていた。
周りのコンビニやスーパーの進出で、売り上げが激減してるのか、店が閉まってることが多くなった。
たまに開いてる時もある。
店には、雇われ店主なのか、爺さんがひとりいた。
爺さんがいない時には、パートのおばちゃんが一人いた。
雇われ店主と思われる爺さんもバイトなのかもしれない。
そんなお店に、ある日入ったら、異様な雰囲気に気が付いた。
それがどこから来てるのかはすぐに分からなかった。
酒のつまみや乾き物はおいてある。
棚に並んでる売り物の酒瓶が全く消えている。
棚ががら空きになってる。
店主風の爺さんに訳を聞くと、酒屋なのにアルコールの販売を止められていると言う。
なんか内部でもめてんのかと思った。
酒類の販売権利が無くなってるのかと思った。
警察から差し止められてるとか言ってた。
なんか悪いことをしたのかなあ。
密造酒でも作ってたのかと妄想するetekoだった。
それにしても、店内に置いてあるアルコール類の商品が消えていた。
脱税でもしてたのか。
分からん。
そんな事があったのは、10年以上も前の話しだ。
店の建屋の前には、タバコとドリンクの自販機が5、6台並べてある。
それでだけで、細々と続けているのか。
自販機の前は、車が止まれるスペースが広くて、ドライブするみたいになってる。
タバコなんか、車で買いに来る客もいるのかもしれない。
そんな怪しいお店に買いに行くことはなかった。
それが、1000円カットのお店を換えたことで、前回に帰り道に寄ってみることにした。
そしたら、おけなくなっていたアルコール類もおいてあった。
そんな訳で、今回は怪しい酒屋によって、今までに買ったことのない芋焼酎を買ってみた。
そして、レジのそばに置いてあった鯖缶を肴に購入した。
店員は、いつもの爺さんではなく、若い中年の男だった。
etekoから見れば、みんな若いよね。
みんな年上だった時代があった。
政治家も芸能人も、みんな自分より年上だった。
芸術家も小説家も、みんな自分よりも年上だった。
それがいつの間にか、みんな自分よりも年下になっていた。




