ラジオ屋 ( 創作ノート その20) | eteko屋スタジオ

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妄想では、苦節40年のミュージシャンなのだ。

”日本政府は終戦直後、日本人を大量レイプ、大量虐殺した朝鮮人を断罪せよ”

ラジオ屋 ( 創作ノート その20)

 

ラジオ屋の創作ノートを書く以前から、私は、日本の歴史の資料や動画をインターネットで検索するようになっていた。

 

そうしているうちに、時代は令和の時代に変わった。

それに合わせるように、日本の政治、マスゴミ、財界の腐敗ぶりが鮮明に露わになってきた。

 

動く人間ばかりになってしまった。皆さんの為と言いながら、自分のエゴで動く人間ばかりになってしまった。

 

その極限は、日本と言う2600年も続いた奇跡的な国の消滅の危機まで来ている。

 

大東亜戦争の敗戦で、日本は、消滅しかけた。

日本の軍隊は、解除された。

そして、日本は南北に分断されることになっていた。

 

しかし、それは、アメリカとソ連の力関係で、アメリカの覇権で、日本の分断は踏みとどまれた。

 

もっとも、アメリカは自分達の軍事力を示す為に、終戦の年に、長崎、広島に原爆を投下した。

 

 

発破を積んだ、私達のトラックは、水戸の休憩所から、6号国道の砂利道を走りづつけていた。

休憩所は、戦前からやってる海鮮問屋だった。

 

前年の闇物資の輸送は上手くいった。

東京から運んだ、大煙突の下にある新町の仮倉庫に入庫した。

そして、空になったトラックは、米問屋の「八百虎」に置いて、ここから闇米を東京に向けて運んだ。

 

しかし、この時は、商品が思うように集まらなかった。

この時は、日本中が食糧難で飢えていた。

焦土化した日本に、大陸、半島の帰国者が帰還した。

そして、連合軍の進駐軍が入ってきた。

日本の人口は、食糧不足の中、人口大爆発を起こしていた。

 

食料の闇物資が余り集まらなかったので、桜川一家の組員が動いた。

6号国道沿いにある大きな町の問屋に話しをつけ、闇物資の収集を依頼した。

 

この話は直ぐに、まとまった。

問屋も、渡りに船だった。

敗戦後の日本は、交通機関も壊滅状態だった。

長距離のトラックの輸送手段も壊滅していた。

 

桜川一家の幹部の正太郎が、水戸と土浦の問屋に話しをつけていた。

 

1956年の新年の初輸送は、1月四日だったと記憶する。

水戸の回線問屋の広場にトラックを入れて、休息してる時に、店の主人が、家の明かりをつけて出てきた。

 

「いちさん、正太郎さんから悪い知らせかありました。6号国道を入った石名坂の所で、パクリの奴らが待ち伏せしてますぜ。」

 

それもありだなあと思った。

 

去年の2回の、輸送で、桜川一家が大儲けをしてると言う情報は、すぐに闇社会の中では伝わっていた。

 

水戸から日立市へ6号国道を進むと、勝田市、佐和、東海村の地区を走ることになる。

ここまでは、関東平野から続く平坦な土地だ。

 

東海村を過ぎると、久慈川の長い橋を渡る。

そこから先は、日立市なのだが、眼前には、屏風を立てたように、太平洋の海岸線から山が連なっている。

山の高さは、100メートルぐらいだろうか。

聳えてるとはいいがたい高さの山が、海側の方から、風神山、真弓山、高鈴山と連なってい。

奥に入るほど山の高さは高くなっていく。

高鈴山が日立市では一番高い山だ。

 

6号国道は風神山の中腹辺りの尾根を横切って走ってる。

久慈川の橋を抜けると、いきなり急勾配の上り坂になる。

上り坂は、1キロ弱続く。

上りきったところから緩やかな傾斜の道路になっている。

そこを、500メートル行ったところに、道の両側に大みか神社の敷地が両側に広がってる。

 

元々あった大みか神社の敷地を国道建設で真っ二つにしてしまった。

 

この大みか神社の手前に、パクリのギャングのボスの家があった。

待ち伏せするなら、そこだと思った。

 

私は、海岸線の横を走る245号線を通る事を提案した。

しかし、いちさんは、目をぎらつかせながら、「あいつらには、一発噛ましてやろうぜ。ここで、引いたら、何時までも舐められるのは目に見えてる。

あいつらは半島だ。」、と吐き捨てるように言い放った。

 

私達は、パクリの奴らが待ち伏せしてる、石名坂を登り切った。

まだ夜明け前だった。

遠くに、道の両方に、かがり火が炊いてあるのが見えた。

バリケードが道を塞いでいた。

検問所のようになっている。

トラックをバリケードの前で止めて、3人は車の外に降り立った。

 

バリケードの中から、「来たぞー。」と言う半島訛りの怒鳴り声が聞こえた。

 

神社の敷地で、酒盛りしてた、パクリのチンピラが、10人近く湧き出してきた。

 

手には鉄パイプ、合口、日本軍の拳銃を手にしてる者もいた。

ボスの「朴」が、「おい、いち、おとなしくトラックを置いてきな。それじゃあねぇーとただじゃすまんぞ。」、と半島訛りで言った。

 

いちさんが、「てめえら、一対一のタイマンじゃあ勝てねぇからと、頭数だけそろえたなあ。

てめぇらは、戦勝国軍だと嘘八百並べて極悪非道を繰り返しやがる。これが最後だ。」

 

3人と10人は、バリケードを挟んで、にらみ合った。

銃を持ったパクリのチンピラが、私達に狙いをつけた。

 

私がその様子をみて、「おい、この積み荷が何なのか知ってるのか。ほとんどか゛、発破だそ゛。

外れて、発破か゛爆発すれば、ここにいる人間は爆死だぞ。」

 

銃で狙いを付けてた奴が、銃を下ろした。

日本軍の拳銃は命中率が低いと言うのが知れ渡っていた。

 

いちさんが、ジャンパを開いた。

ベルトには何本かのダイナマイトが挟んであった。

その一本をベルトから取り出した。

 

黙って、ジッポのライターに火をつけ、導火線に火をつけた。

そして、導火線が縮むのを見つめていた。

 

私は、一瞬ひやりとした。

 

「おい、俺達は特攻帰りだそ゛。もう、一度捨てた命だ。どこで死んでもかまわない。ただ、てめぇらみたいな奴らと道連れは御免被りたい。」、と言って、ダイナマイトをバリケードの反対側に、道の横の畑に投げ込んだ。

 

やがて、パクリのチンピラの後ろでダイナマイトが爆発した。

 

その爆音に驚いた、パクリのチンピラ達は、蜘蛛の子を散らすように、夜明け前の暗闇の中へ消えていった。

 

私達は、バリケードを開けて、新町へと向かった。