ああー、10時前に起きられないなあ。
目は覚めてるんだけど、立ち上がれない。
そんなもんだから、「虎ノ門ニュース」を見るのは、放送が終わってからになっちゃうよ。
この弊害は、朝のゴミ出しに行けないって事が大きいな。
30日の不燃ゴミも出せなかった。
月に一回の不燃ゴミの日なのにスルーしちゃった。
そんな事が、半年くらい続いてるなあ。
出す不燃ごみと言うか、壊れた時計とか乾電池は指定の袋に入れてある。
収集場所に持って行くだけなんたけどね。
スルーしちゃった。
etekoのボロ屋敷に、使えないガラクタだけは、良く貯まるなあ。
お金は貯まらないのにね。
今年は、週に2回のゴミ出しも、2回くらいしか行ってないなあ。
でもねぇ、資源ゴミは出せたよ。
その時に撮った証拠写真があるよ。




プリちゃんに空き瓶とペットボトルの潰したのを出してきた。
ペットボトルの潰したのは、みんな4リットルの焼酎が入ってたのだよ。
他のは潰さないで、マルトの店の前に置いてある回収機に入れてるよ。
4リットルのペットボトルは大きすぎて受付てくれないんだなあ。
回収場所には、当番が種類別の立て看板を、7時前に並べて、回収用の大きな袋を置いとくよ。
以前は、7時から8時まで、当番の人が立哨しないといけなかったよ。
etekoの所にも、もうそろそろ当番が回ってきそうだなあ。
町内会のメンバーは、今は、9軒だったかなあ。
1年に、一回は回ってくるんだなあ。
何て思いながら、暇なetekoは、回収場所から見える風景を激写してみた。

この場所にこないと、こんな写真はとれないなあ。
etekoのボロ屋敷の近所なのにね。
ここは、私営アパートの敷地だよ。
etekoのボロ屋敷は、市営アパートの敷地に囲まれる様な形になってる。
海側が平屋の建屋で、山側に二階建ての建屋が広がってる。
etekoが思うには、木造以外の材質で、市営アパートが作られたのは、ここが最初じゃないのかなあ。
etekoの親父は、その事を見越して、畑と田んぼしかなかった、農道の交差点の土地にボロ屋敷を建てたんだなあ。
etekoが建てられたばかりのボロ屋敷に引っ越してきてから、山の方にあるキリスト幼稚園に入園した。
と言う事は、昭和34年頃かなあ。
etekoが引っ越してきてから、周りの田んぼや畑の埋め立てが始まった。
砂利道の道路をダンプが行きかいして、市営アパートの用地が、etekoのボロ屋敷がつくられた。
そして、直ぐに、建屋の建築が、始まった。
今でも記憶にあるのは、ここには、飯場があった。
作業員が寝泊まりして働く労働者たちの小屋?があった。
その頃は、プレハブはなかったような気もする。
作業員達の寝泊まりする小屋が、どんな形だったかは記憶にない。
ただ、ここに、etekoと、同じ年頃の子供がいて、よく遊んでいたのを記憶してる。
でも、この市営アパートが完成する頃には、この子供もいなくなっていた。


市営アパートの敷地の横には、山の方から高圧電線が引かれてる。
何メートル間隔なのか、高圧電線を支える鉄塔が山の方から連なってる。
それをたどって行けば、いわき市辺りの火力発電所に行きつくのかなあ。
3.11の震災前は、福島の原発まで繋がってたのかなあ。
まてよ、今でも繋がってるのかもね。
ただ、発電した電気は、送られていないと言うだけかなあ。
3年くらい前だったか、この鉄塔の建て替え工事が行われたよ。
3.11の震災の影響もあったのか、高圧電線の鉄塔の耐久年数は、50年くらいらしい。
半世紀経つと建て替えみたい。

高圧電線の下の土地は、人が住めないみたい。
高圧電線を引こうとすると、立ち退き問題とかでるんだろうなあ。
でも、この高圧電線が引かれた時は、山の中とか、市街地は田んぼや畑だったよ。
市が土地を借り受けてるみたい。
外の住めない土地は、ほとんど人のいない公園や市営の駐車場になってる。
公園に人はいないけど、駐車場は、借りてる人が多いみたい。







