
△ゴーン会長の逮捕で揺れる日産自動車
最近のスマホは、大きなニュースがあると、音でそれを知らせてくれる。画面にニュースのタイトルが明示され、それを開いて記事を読むという段取りになる。便利な機能だ。ただ、「これが大きなニュースか?」と拍子抜けすることが続いたため、この数カ月間は音が鳴ってもすぐに画面を見ることはなくなった。
11月19日夜もそうだった。音が鳴っても放置し、スマホを取り出すことはなかった。その約5分後、ネットで調べることがあったので、スマホを取り出した。画面に「日産自動車のゴーン会長逮捕」の文字。「これは大ニュースだ!」と驚き、すぐさま内容を確認した。しかし、「重大な不正があった」というだけで、その内容は分からなかった。

△ゴーンが主導して開発を進めたリーフ
同日午後10時、日産の西川広人社長兼最高経営責任者(CEO)が横浜市の本社で記者会見し、不正の内容を明らかにした。それによると、ゴーンは①長年にわたり実際の報酬額よりも少ない金額を有価証券報告書に記載②会社の資金を私的に支出-など複数の不正行為をしていたという。数カ月前に内部告発があり、社内で調査したところ、不正が確認されたとしている。
日産は世界的な自動車メーカーである。創業者が君臨するオーナー型企業ではないので、①②のような不正行為ができるのだろうかと思った。仮にできたとして、他の役員・社員が知らなかったということはあるのか。知ってて、知らないふりをしていたのではないのか。そんな疑問がわいてきた。

△スーパーGT500クラスのニッサンGT-R
日産はバブル期、印象に残るクルマを次々と世に送り出した。Y31シーマ、S13シルビア、A31セフィーロ、F31レパード、WD21テラノ、C33ローレル、Z32フェアレディZ、R32スカイライン、G50インフィニティQ45、P10プリメーラ…。
Z32フェレディZとR32スカイラインGT-Rは30年たった今でも街でよく見かける。これだけのクルマを開発できたのは、当時の久米豊社長が自由な発想のできる社風をつくり、上層部がデザインなどに口出ししなかったからと言われる。
しかし、バブル期がすぎると、首をかしげるようなクルマを次々と世に送り出した。そこに不景気が加わり、日産車は販売不振に陥った。コマーシャルにイチローが出演し、「変わらなきゃ」と言ったが、販売不振に歯止めがかかることはなかった。借金は膨らみ続け、1998年に約2兆円の有利子負債を抱え経営危機に直面した。
日産は自力での再建を断念し、海外メーカーの力を借りて再建する道を選んだ。塙義一社長はいくつかの候補の中からルノーに白羽の矢を立て、1999年に資本提携。このとき、ルノーから日産に送り込まれたのが、カルロス・ゴーン副社長だ。当時45歳の若さ。ミシュランでの手腕を評価されてルノーにスカウトされた「経営のプロ」である。

△スポーツランドSUGOを疾走するGT-R
日産での肩書きは当初、最高執行責任者だった。翌2000年に社長兼最高執行責任者となり、実質的にトップに就いた。会長兼最高経営責任者は塙だったが、ゴーンに全権を移譲し、経営に口出しすることはほとんどなかった。
ゴーンは日産車が販売不振に陥ったのは、古臭いデザインに原因があると捉えた。デザイン部門を立て直すため、いすゞ自動車デザインセンター部長の中村史郎をスカウト。中村は2000年に日産デザイン本部長に就任し、全車のデザインを統括する立場になった。日産のコマーシャルにも出演し、デザインのコンセプトなどを語った。
一方で、ゴーンは「日産リバイバルプラン」をつくり、すぐさま実行に移した。生産拠点の閉鎖、資産の売却、人員削減、子会社の統廃合、取引先や原材料仕入れの見直しなど。この大規模なリストラ策によって日産は息を吹き返し、経営危機を乗り越えた。
その立役者であるゴーンは「カリスマ経営者」と呼ばれるようになった。日産での実績を背景にして、2005年にルノー会長兼最高経営責任者に就任。日産とルノーのトップが同一人物になったことで、両社は主要部品の共有化を進め、製造コストの削減を図った。

△バブル期に発売されたスカイライン
ゴーンは2016年、三菱自動車会長に就任した。不祥事が相次ぐ三菱自に日産が出資し、筆頭株主になったためだ。これにより三菱自はルノー・日産アライアンスに加わる形になった。3社の年間世界販売台数は計約1000万台で、フォルクスワーゲン、トヨタ、GMの3大グループに肩を並べた。「1000万台クラブ」の一員になったのだ。
ゴーンが三菱自をグループに加えたのは、規模が大きくないと、自動運転車や電気自動車の開発費を捻出できないからだ。さらに、三菱自は東南アジアに強いという特徴がある。ジャッキー・チェンの映画に登場するのは、たいがい三菱自のクルマである。東南アジアでは日産より三菱自の方が浸透しているので、ゴーンはグループに加えたいと考えたのだ。

△バブル期に発売されたフェアレディZ
その裏でゴーンは不正行為を続けていた。社員2万1000人を削減し、部品メーカーにコストダウンを迫った当事者が、我田引水をやっていたのだ。「自分に甘く、他人に厳しく」がゴーンのモットーらしい。日産を去った元社員や部品メーカーの社員は今、「ゴーンのヤロー!」と怒り狂っているのではないか。
ゴーンが自分に甘いのは、今に始まったことではない。「コミットメント(必達目標)経営」をスローガンに掲げながら、自分が達成できない場合は責任の所在を曖昧にした。2013年は業績低迷の責任をNo.2の志賀俊之最高執行責任者に押しつけた。その肩書きを剥奪した上で副会長に棚上げしたのだ。ゴーンは「経営陣の若返りで実行力を高める」と説明したが、それを真に受ける人はいなかった。
ゴーンが日産の舵取り役になって約20年が経過した。当初は日産社内で「セブンイレブン」という異名がつくほど働いていたゴーンも、今は何をやっているのか分からなくなった。ルノー会長を兼任し、日仏を往き来するようになったことも大きい。1カ月のうちに日本に滞在するのは1週間程度と言われる。
ゴーンは1988年にリタと結婚し、4人の子供をもうけた。リタは2006年に『ゴーン家の家訓』(集英社)という本を出したが、ゴーンの浮気と暴力が原因で2010年に関係が悪化。2015年に離婚した。ゴーンは2016年にキャロルと再婚。『週刊文春』(2018年5月24日号)は「日産ルノー連合トップのドロ沼離婚訴訟『夫カルロスゴーンは私の首を絞めた』リタ前夫人『激白4時間』」と題する記事を掲載した。

△ラグジュアリー化したスカイライン
ゴーンの後を受けて社長兼最高経営責任者になった西川は、これまでゴーンの忠実な部下と見られていた。しかし、今回はゴーンの責任を追及するため、積極的に動いた。記者会見では「会社として断じて許容できる行為ではない」という表現でゴーンの不正行為を批判した。手際が良すぎるため、「クーデターではないか」という見方も出ている。
確かにクーデターの要素はある。ゴーンは仏政府の意向に従い、日産とルノーの経営統合を模索していた。当初は経営統合に反対していたが、ルノーの大株主である仏政府に従った方が地位を守れると判断し、態度を変えたのだ。西川は経営統合に反対の立場なので、ゴーンの追い落としを図ったという説はリアリティがある。
日産はルノーより格上の自動車メーカーだ。今さらルノーと経営統合しても、大したメリットはない。経営統合すれば仏政府の意向を強く受けることになるので、かえって面倒なことになる。自動運転車や電気自動車の開発を進めなければならないので、ルノーと縁を切ることはできない。ただ、それらの開発は経営統合をしなくても可能だ。

△ドリフト車として人気があるシルビア
ゴーンの逮捕を受けて、日産は22日の臨時取締役会でゴーンの代表取締役会長の解任を全会一致で決めた。ゴーンと同時に逮捕された代表取締役のグレゴリー・ケリー(62)の解任も決めた。ケリーはゴーンの腹心で、その威光をバックにして社内で権勢をふるっていた。日産は2人を取締役からも外す方針。今後、臨時株主総会を開いて取締役を交代させる。
ゴーンはルノー取締役会長兼最高経営責任者と三菱自動車代表取締役会長も務めている。ルノーは20日の臨時取締役会で「事件の詳細な情報が得られていない」として、会長兼最高経営責任者の解任を見送った。一方、三菱自は26日の臨時取締役会で代表取締役会長の解任を決める予定。
【文と写真】角田保弘















