DAIGOのツイッターがまた不穏な発言をかましたというので
読んでみました。
ふーん って感じで
特に傷つくこともありませんでした。
むしろ
何も感じない自分に愕然とした ってところかな。
でも
この発言に大いに悲しんだ女性はたくさんいらしたろうな、とは思う。いや知らんけど。ちょっと前の自分なら、もうホント苦しかったろうな。。。。今はヘーキですが。
以前、なんかのインタビューで読んだ記事で
「友達が嫌がってるところにふざけて何度も何度も同じ仕打ちを繰り返して、しまいに本気で怒らせてしまうしつこい子供だった」 って本人が語ってたのを思い出した。たしかそういう事が書いてあった。それがどの雑誌だったか、正確にはどう書かれてあったかまで調べて確かめる気力もないからアレですけど。
ここで 彼はS気質だから・・・ とか書いちゃうとなんだか軽く許してしまうイメージになるから、そういう感じでは書きたくない。
だから別な表現をすると
彼って、もともとそういう残酷な性質があるんだ。
残酷なくらい、他人の心に無頓着なんだよ。
相手に嫌がらせしてケラケラ面白がるところが昔からあるんだ。
そして
甘やかされて育った人なんだ。
だから、悪気があるわけじゃないのに
適当なところでやめとけば良いものを、いつまでも悪い好奇心で人の心を弄ぶもんだから
それが原因で最後には自分が痛い目に合う。
ばかだな って思う。
この感想には
軽蔑と哀れみが入り混じっているの。
だって思い返してみると
あの女性との交際が始まってからの彼にはさまざまな変化が見られたけれども
そのどれをとっても
「素敵な成長」と思えるものが見当たらない。
つまり
あのお二人の交際はそういうものなんです。
ちょっと前から書きたかったことですが
DAIGOは
CD何万枚 とか
観客何千人とか
そういう、「数字で表わされるもの」としてしかファンを見ていないんじゃないのかな。これはどのアーティストにも言えることなのかもしれないけど
一人の女性との恋愛をきっかけに、ここまであからさまにそれを露呈したアーティストも珍しいんじゃないの。
DAIGOのファンが実際に何万人いるかは知らんけど
ひとつ確実にいえることは
その何万人もの女の子一人ひとりに
敏感な感受性に支配されたそれぞれの人生があるってこと。
つましい生活の中からささやかな喜びをDAIGOという恋人に見出してそれを追い求めながら
痛かったり辛かったりする心をどうにかいなして必死で生きているんだけど
彼がファンを思う よすが は
ツイッターのフォロワーが何十万人になってすごいとか
CDランキングが何位で嬉しいとか
単なる 数字として見るだけの対象 なんだろうな と思う。
たしかに
アーティストとは言ってもそれは生業のひとつであって
そこでファン一人ひとりの人生を彼が心配しなきゃならん義務はないし
第一、そんなことやってちゃ身がもたない。
でも
その彼女たちの心をここまで軽視してまでも自分の恋愛を強引に認めさせることで
今後、彼はどんなふうに愛され続けたいと願っているのか
わたしには量りかねます。



あんなヤツと付き合ってマジで時間の無駄だったわこんちくしょう
」 って記事が出るのも時間の問題で