謙遜でも自虐でもなんでもなく

わが人生が大したことなかったことくらいは自分でよーくわかっております。

わかってますよそのくらい。言わないでくださいよ。

だけど二人の息子を産み育てたことだけは、これは本当に良かった。

この点だけは自分を誇らしく幸せな人間であると思わせてくれます。

ベタですいませんけど、母親になれたことは自分の生涯で最高の喜びだったと、本気でそう思ってます。

久しぶりにその確信を思い出したのは、シャオフェイの手記を読んだからでした。

 

手記は2018年4月に、あるサイトで掲載されたものです。この頃の彼は26歳。

インフルエンサーとして注目を浴び始めながらもまだ現役の会社員で、

毎日遅くまでプログラムコードを書き続けていた時代ですね。

23歳でお母さまを亡くした(早かったね…)彼は、おそらく多くの子どもたちがそうであるように

「言わなければならないことを言えぬままだった」と述べています。

でもお母さまが死ぬ直前まで自分よりも息子たちのことを心配なさり誇りに思っていらしたことに彼は

「母性がいかに偉大なものかと圧倒された」と書いています。

それはわたし自身も母親ですから完全に理解できます。

そして母親なら

どんな苦労をしていても

どんなに無口で仏頂面な息子でも

彼が「お母さん、愛してるよ」と強く想ってくれているのは十分にわかっているのです。

シャオフェイも

お母さまのご存命中にそれを口にできなかったと悔やんでいるけれども、大丈夫。

あなたの気持ちは全部届いていますよ。

死の床にいらした時も。

離れて暮らしていた時も。

あなたが無事で笑顔でいてくれさえすれば幸福なんです。

無償の愛ってそういうものですから。

母親ってそういうものですから。

 

 

本当はその手記を原文で掲載したかったんだけど著作権の問題があるらしいから

次回はそれを引用しながら自分の感想を述べることにします。

(まだ書いてないんだけど、もしかしてこれも勝手に書いたら叱られちゃうのかしら?)

いっそ手記のリンクを貼れたら良いんですけど…貼れるかな?

アメンバー限定記事にすることはお許しください。申請下されば招待しますね。

 

 

再見

 

えり湖