【福島伸享さんに聞く】なぜ高市政権は石油危機を無視するのか?/高市のSNS誹謗中傷動画の裏 | ☆Dancing the Dream ☆

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福島伸享✖️安冨歩 2026年4月30日

 

福島伸享:

大山礼子先生って駒沢大の名誉教授の政治学の先生がおっしゃった言葉が、

非常に私はすっと胸に落ちる、腹に落ちるものがあって。

西洋が産んだ民主主義の起源は、「コンクラーベだ」って言うんですね。

教皇を選ぶ選挙。

ちょうど去年あったし、それと同時に映画も公開されて。

私も非常に興味深く、いい映画だったんで、見ましたけども。

あれはその「”絶対下半数”を取るまで何度も何度も投票してやる」わけですよね。

最初に投票したらそんな過半数なんて、絶対過半数なんて取れない。

今は相対過半数なんですね。

 

安冨歩:

ああ、「絶対過半数」って、全体の半数…はいはい。

 

福島伸享:

いや、投票者の過半数。

「相対過半数」っていうのは、全有権者の過半数を取ると。

例えば、この間の<衆議院選挙は、自民党は多数を取ったけども、絶対得票率は 2割とか3割>なわけですよ。 

で、「5 割の得票を取るまでは当選として認めない」という風になると、これ話し合いしなきゃだめなんです。常にそうですよね。

1 回の投票だとこんなに離れていても、ちょっとずつ話し合うちに、ま、候補者も減っていって、最後みんなが腹に落ちるところに落ちるまで繰り返すのが、西洋の民主主義の本質であると。

フランスは、今、「2回投票制」。

 

安冨歩:

「2 回投票制」です。

あれは結構大きな影響がありますよね。 

 

福島伸享:

そうですね。1 回目だとやっぱり、ルペンの過激な党なんかが第1党なったりするんですけども、

2回投票してみると、1位はルペンでも、2位と3 位は穏健だとすると、2位と3位が連合して、そっちが上に行ったりとかするわけです。

 

安冨歩:

必ずそうなりますね。

 

福島伸享:

つまり対話の中で修正をされていって、多くの人と分断じゃなくて統合を招く方向に行く、

そのプロセス自体が民主主義の本質だと言うんですけども。

今の選挙はそうじゃないですよね。

 

安冨歩:

宝くじみたいな。笑

 

福島伸享:

はい。例えばテレビ番組で討論番組なんていうのは、著しく安倍政権以、減っておりますし、 

候補者同士の討論会などというのは、選挙期間中は日本の場合なぜか公職選挙法で禁じられていますし、対話がないわけですよ。 

で、インターネットが出ると私の息子は大学 2 年生ですけども、息子の同級生なんか「どうやって投票決めたの?」って言ったら、自分の投票先をAIで聞くらしいんですよ。

そうするとその人の見てるサイトとかそういうのから見てあなたの適切な候補はこの人ですよって いう風に出てくるのであれば、じゃあその主権者って何なの?意思って何なの?ってことになっていってですね。

民主主義自身の欠陥…

本来の民主主義ってのは対話で、絶対過半数を得るというプロセスにあるというものが、単に投票で多数を取ればいいのだという偽物の民主主義に、いつの間にかすり変わっていて…。

それがインターネットの社会によって、感情の吐露が投票になったことによって…

 

安冨歩:

吐け口になってますね。

 

福島伸享:

はい。決定的に民主主義というものの性質が変わってしまったと。

本来の民主主義からかけ離れたものになってしまったというのが実感で。

ヨーロッパの人たちがよく言ってたのは、「こんな風になるんだったら、くじ引きの方がいい」と、

むしろ。

 

安冨歩:

そうですね。それは古代ギリシャアプローチですよね。 

 

福島伸享:

はい。 統計学的に言っても、そもそも裁判員ってくじ引きみたいなもんなんですよね。

だからその方がむしろいい人も悪い人もいるだろうけども、統計的には国民の代表が選ばれる確率はそっちの方が高いんだということを言ったりしていて。

それが盛んに今ヨーロッパで議論されています。

 

 

 

 

 

 

【ノーカット】高市総理「ナフサ由来の化学製品の供給、年を越えて継続できる見込み」 政府の中東情勢に関する関係閣僚会議で(2026年4月30日)|TBS NEWS DIG

 

 

高市政権はなぜ、石油危機を無視するのか?前衆議院議員・福島伸享さん。安冨歩東京大学名誉教授。一月万冊清水  4/30

 

 

重大スクープ解説!文春砲が暴いた高市早苗のSNS誹謗中傷動画の裏。前衆議院議員・福島伸享さん。安冨歩東京大学名誉教授。一月万冊清水 4/30

 

大山 礼子 政治学者

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B1%B1%E7%A4%BC%E5%AD%90

 

トリック・デニーン (Patrick Deneen、1964年 - ) 政治学者https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%B3_(%E6%94%BF%E6%B2%BB%E5%AD%A6%E8%80%85)

 

 

 

4/15(水) 10:45

(一部抜粋)

 パトリック・デニーンという米国の政治学者は、『リベラリズムはなぜ失敗したのか』という本で、トランプ現象のようなものも、米国民主党的価値観も、社会主義も、それらは西洋が生んだリベラルズムの帰結であり、「リベラリズムは失敗した」と言っています。  彼は、政治においてリベラリズムは、個人主義を前提とし個人主義を助長することによって、結果的に個人と公の一時的妥協を達成するというより、公共の物事に関心をもつ市民を欠いたまま、エリート層と一般市民の分断を招いている、と言っています。一方、リベラリズムの補助役で、エンジンとなるべき経済システムは、グローバリゼーションによって個人や国家では止められない化け物のようなものになっている、とも言っています。

 

寄合いの意思決定システムが西洋近代を超克するヒント

 デニーンはバンス副大統領のブレーンであると言われ、トランプ大統領のイラン攻撃に反対して両者の溝が広がっていると言われています。イランとの停戦協議は失敗に終わりましたが、逆にトランプの後継者としてではない大統領選挙への登場の可能性が出てきた。  次の大統領選挙は、トランプ的なポピュリズム政治とデニーン的なリベラリズム=西欧近代の超克の対立構造になるのではないか、と予想します。  デニーンの言っていることの多くは、東洋的で、日本の伝統社会にこれまで存在してきた価値観に近く、日本こそが、インターネットやAI技術の進展によって大きく揺らいでいる民主政治を乗り越える道を示せるのではないかと考えます。

ロラン・バルトが『表徴の帝国』で喝破した「空虚な中心」としての天皇の下で紡がれてきた、同質的、同族的、農耕民族的社会における共同体の寄合や談合のような意思決定システムや、頼母子講や無尽といった経済システムの中に、西欧近代を超克する社会システムを作るヒントが存在するのではないでしょうか。

  日本は今、権威主義でもない、単に投票による相対過半数で国家の意思を決定する現代民主政治でもない、新しい政治システムを欧米に先駆けて作ることができる可能性があるのです。今の日本の政治の現状を振り返ってみると、平成の政治改革で目指した「政権交代のある二大政党の政治」にもはや国民の期待はありません。自民党に代わりうる政治勢力は、焼け野原の状況にあります。かといって今は支持率が高い高市内閣も、複雑で不透明な国際情勢の中で国民が託すに足る安心感は持たれていないでしょう。ある意味、確立した政治構造のない「政治の空白」ともいうべき状況にあります。 

 そんな時だからこそ、文明論に立脚した政治の本質を腰を落ち着けて見つめなおし、新たな政治理念を作り上げる時なのではないでしょうか。この浪人の時間を天から与えられたものと受け止め、私は「新たな民主政治とは何か」を模索する場を、学識者や現職・元職の国会議員、経済人などを集めて作り、世界的な新しい政治の流れを作ることができないか、と考えています。

 

Why Liberalism Failed | Patrick Deneen

敬虔なカトリック信者は真にリバタリアンであり得るのか?

パトリック・デニーンがコナー・ギャラガーと共に、現代政治における最も魅惑的な嘘の一つを鋭く暴き出す。この力強い対談の中で、デニーンは、同じリベラルな根源から生まれた左右両派のリバタリアニズムが、いかに私たちの文化を毒し、家族を蝕み、西洋の魂を空虚にしてきたかを暴露する。そして、美徳を伴わない「自由」への執着が、繁栄ではなく、分断、孤立、そして絶望へと導くことを明らかにする。

 

コミュニティの崩壊、エリート層の孤立、消費主義による精神的な空虚さなど、このエピソードは現代社会を形作る政治的・道徳的な退廃に立ち向かう。デニーンは、指導者と一般市民の間のバランスを取り戻す混合憲法を基盤とした、信仰、祈り、そして公共の利益への根本的な回帰を訴える。

 

政治、自由、そして現代社会におけるカトリック信者の生き方について、あなたがこれまで知っていると思っていることすべてに、深く考えさせられる挑戦が待ち受けている。

 

 

 

 

Why Catholics CAN’T Be Libertarian: The Lie That Poisoned Both Left and Right | Patrick Deneen