学者アラムハラドの見た着物 | ☆Dancing the Dream ☆

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震災の瓦礫の上を鳥が飛ぶ・・


学者アラムハラドの見た着物 (未完)
宮沢賢治


学者のアラムハラドはある年 十一人の子を教えておりました。
みんな立派なうちの子どもらばかりでした。
王さまのすぐ下の裁判官の子もありましたし農商の大臣の子も居いました。また毎年じぶんの土地から十石の香油さえ穫る長者のいちばん目の子も居たのです。
けれども学者のアラムハラドは小さなセララバアドという子がすきでした。この子が何か答えるときは学者のアラムハラドはどこか非常に遠くの方の凍ったように寂かな蒼黒い空を感ずるのでした。それでもアラムハラドはそんなに偉い学者でしたからえこひいきなどはしませんでした。
アラムハラドの塾は街のはずれの楊の林の中にありました。
 みんなは毎日その石で畳んだ鼠いろの床に座って古くからの聖歌を諳誦したり兆よりももっと大きな数まで数えたりまた数を互いに加えたり掛け合せたりするのでした。それからいちばんおしまいには鳥や木や石やいろいろのことを習ならうのでした。
 アラムハラドは長い白い着物きものを着て学者のしるしの垂れ布のついた帽子をかぶり低い椅子に腰掛け右手には長い鞭をもち左手には本を支ささえながらゆっくりと教えて行くのでした。
 そして空気のしめりの丁度いい日またむずかしい諳誦でひどくつかれた次つぎの日などはよくアラムハラドはみんなをつれて山へ行きました。
 このおはなしは結局学者のアラムハラドがある日自分の塾で、またある日山の雨の中でちらっと感かんじた不思議ふしぎな着物きものについてであります。

     一

 アラムハラドが言いました。
「火が燃もえるときは焔をつくる。焔というものはよく見ていると奇体なものだ。
それはいつでも動うごいている。動いているがやっぱり形もきまっている。
その色はずいぶんさまざまだ。普通の焚火の焔なら橙いろをしている。
けれども木によりまたその場処によっては変に赤いこともあれば大へん黄いろなこともある。硫黄を燃せばちょっと眼のくるっとするような紫いろの焔をあげる。
それから銅どうを灼やくときは孔雀石くじゃくいしのような明るい青い火をつくる。
こんなにいろはさまざまだがそれはみんなある同じ性質をもっている。
さっき云いったいつでも動いているということもそうだ。それは火というものは軽かるいものでいつでも騰のぼろう騰ろうとしている。それからそれは明るいものだ。硫黄のようなお日さまの光の中ではよくわからない焔でもまっくらな処ところに持もって行けば立派にそこらを明るくする。火というものはいつでも照てらそう照らそうとしているものだ。それからも一つは熱ということだ。火ならばなんでも熱いものだ。それはいつでも乾かわかそう乾かそうとしている。こう云う工合ぐあいに火には二つの性質がある。なぜそうなのか。それは火の性質だから仕方しかたない。そう云う、熱いもの、乾かそうとするもの、光るもの、照らそうとするもの軽いもの騰ろうとするものそれを焔と呼よぶのだから仕方ない。

それからまたみんなは水をよく知っている。水もやっぱり火のようにちゃんときまった性質がある。それは物をつめたくする。どんなものでも水にあってはつめたくなる。からだをあつい湯でふいても却かえってあとではすずしくなる。
夏に銅の壺つぼに水を入れ壺の外側そとがわを水でぬらしたきれで固くつつんでおくならばきっとそれは冷ひえるのだ。なんべんもきれをとりかえるとしまいにはまるで氷のようにさえなる。このように水は物をつめたくする。また水はものをしめらすのだ。それから水はいつでも低ひくい処へ下ろうとする。鉢はちの中に水を入れるならまもなくそれはしずかになる。阿耨達池(あのくだっち)やすべて葱嶺(パミール)から南東の山の上の湖みずうみは多くは鏡のように青く平たいらだ。なぜそう平らだかとならば水はみんな下に下ろうとしてお互たがい下れるとこまで落おち着つくからだ。波なみができたら必かならずそれがなおろうとする。それは波のあがったとこが下ろうとするからだ。このように水のつめたいこと、しめすこと下に行こうとすることは水の性質せいしつなのだ。どうしてそうかと云いうならばそれはそう云う性質のものを水と呼ぶのだから仕方しかたない。

それからまたみんなは小鳥を知っている。鶯やみそさざい、ひわやまたかけすなどからだが小さく大へん軽い。その飛ぶときはほんとうによく飛ぶ。枝えだから枝へうつるときはその羽をひらいたのさえわからないくらい早く、青ぞらを向むこうへ飛んで行くときは一つのふるえる点のようだ。それほどこれらの鶯やひわなどは身軽るでよく飛ぶ。また一生けん命めいに啼なく。うぐいすならば春にはっきり啼く。みそさざいならばからだをうごかすたびにもうきっと啼いているのだ。
 これらの鳥のたくさん啼いている林の中へ行けばまるで雨が降ふっているようだ。おまえたちはみんな知っている。このように小さな鳥はよく飛びまたよく啼くものだ。それはたべ物をとってしまっても啼くのをやめない。またやすまない。どうして疲れないかと思うほどよく飛びまたよく啼くものだ。
 そんならなぜ鳥は啼くのかまた飛ぶのか。おまえたちにはわかるだろう。鳥はみな飛ばずにいられないで飛び啼かずに居いられないで啼く。それは生れつきなのだ。

 さて斯こう云うふうに火はあつく、乾かわかし、照てらし騰のぼる、水はつめたく、しめらせ、下る、鳥は飛び、またなく。魚について獣についておまえたちはもうみんなその性質を考えることができる。けれども一体どうだろう、小鳥が啼かないでいられず魚が泳およがないでいられないように人はどういうことがしないでいられないだろう。人が何としてもそうしないでいられないことは一体どういう事だろう。考えてごらん。」

 アラムハラドは斯う言って堅かたく口を結むすび十一人の子供こどもらを見まわしました。子供らはみな一生けん命めい考えたのです。大人おとなのように指ゆびをまげて唇くちびるにあてたりまっすぐに床ゆかを見たりしました。
その中で大臣の子のタルラが少し顔を赤くして口をまげてわらいました。
アラムハラドはすばやくそれを見て言いました。
「タルラ、答えてごらん。」
タルラは礼れいをしてそれから少し工合ぐあいわるそうに横よこの方を見ながら答えました。
「人は歩いたり物ものを言ったりいたします。」
アラムハラドがわらいました。
「よろしい。よくお前は答えた。全く人はあるかないでいられない。
病気びょうきで永ながく床とこの上に居いる人はどんなに歩きたいだろう。
ああ、ただも一度いちど二本の足でぴんぴん歩いてあの楽地らくちの中の泉いずみまで行きあの冷つめたい水を両手で掬って呑のむことができたらそのまま死しんでもかまわないとこう思うだろう。またお前の答えたように人は物を言わないでいられない。
 考えたことをみんな言わないでいることは大へんにつらいことなのだ。そのため病気にさえもなるのだ。人がともだちをほしいのは自分の考えたどんなことでもかくさず話しまたかくさずに聴ききたいからだ。だまっているということは本統ほんとうにつらいことなのだ。
 
 たしかに人は歩かないでいられない、また物を言わないでいられない。けれども人にはそれよりももっと大切なものがないだろうか。足や舌したとも取とりかえるほどもっと大切なものがないだろうか。むずかしいけれども考えてごらん。」
 アラムハラドが斯う言う間タルラは顔をまっ赤かにしていましたがおしまいは少し青ざめました。アラムハラドがすぐ言いました。
「タルラ、も一度答えてごらん。お前はどんなものとでもお前の足をとりかえないか。お前はどんなものとでもお前の足をとりかえるのはいやなのか。」
タルラがまるで小さな獅子ししのように答えました。
「私は饑饉ききんでみんなが死ぬとき若もし私の足が無なくなることで饑饉がやむなら足を切っても口惜くやしくありません。」
アラムハラドはあぶなく泪なみだをながしそうになりました。
「そうだ。おまえには歩くことよりも物ものを言うことよりももっとしないでいられないことがあった。よくそれがわかった。それでこそ私の弟子でしなのだ。お前のお父さんは七年前の不作のとき祭壇さいだんに上って九日祷いのりつづけられた。お前のお父さんはみんなのためには命いのちも惜おしくなかったのだ。ほかの人たちはどうだ。ブランダ。言ってごらん。」
ブランダと呼よばれた子はすばやくきちんとなって答えました。
「人が歩くことよりも言うことよりももっとしないでいられないのはいいことです。」
アラムハラドが云いいました。
「そうだ。私がそう言おうと思っていた。すべて人は善よいこと、正しいことをこのむ。善と正義とのためならば命を棄てる人も多い。おまえたちはいままでにそう云う人たちの話を沢山たくさんきいて来た。決けっしてこれを忘わすれてはいけない。人の正義を愛することは丁度ちょうど鳥のうたわないでいられないと同じだ。セララバアド。お前は何か言いたいように見える。云いってごらん。」
小さなセララバアドは少しびっくりしたようでしたがすぐ落おちついて答えました。
「人はほんとうのいいことが何だかを考えないでいられないと思います。」
アラムハラドはちょっと眼めをつぶりました。眼をつぶったくらやみの中ではそこら中ぼうっと燐りんの火のように青く見え、ずうっと遠くが大へん青くて明るくてそこに黄金の葉はをもった立派りっぱな樹きがぞろっとならんでさんさんさんと梢こずえを鳴らしているように思ったのです。アラムハラドは眼をひらきました。子供こどもらがじっとアラムハラドを見上げていました。アラムハラドは言いました。
「うん。そうだ。人はまことを求もとめる。真理しんりを求める。ほんとうの道を求めるのだ。人が道を求めないでいられないことはちょうど鳥の飛とばないでいられないとおんなじだ。

おまえたちはよくおぼえなければいけない。人は善を愛し道を求めないでいられない。
それが人の性質せいしつだ。これをおまえたちは堅かたくおぼえてあとでも決けっして忘わすれてはいけない。おまえたちはみなこれから人生という非常ひじょうなけわしいみちをあるかなければならない。たとえばそれは葱嶺(パミール)の氷こおりや辛度(しんど)の流れや流沙(るさ)の火でいっぱいなようなものだ。そのどこを通るときも決して今の二つを忘れてはいけない。それはおまえたちをまもる。それはいつもおまえたちを教える。決して忘れてはいけない。
それではもう日中だからみんなは立ってやすみ、食事しょくじをしてよろしい。」
 
 アラムハラドは礼をうけ自分もしずかに立ちあがりました。
そして自分の室に帰る途中ふとまた眼をつぶりました。
さっきの美しい青い景色がまたはっきりと見えました。そしてその中にはねのような軽かるい黄金いろの着物きものを着た人が四人まっすぐに立っているのを見ました。
アラムハラドは急いそいで眼をひらいて少し首をかたむけながら自分の室に入りました。

     二

 アラムハラドは子供らにかこまれながらしずかに林へはいって行きました。
つめたいしめった空気がしんとみんなのからだにせまったとき子供らは歓呼の声をあげました。そんなに樹は高く深ふかくしげっていたのです。それにいろいろの太さの蔓がくしゃくしゃにその木をまといみちも大へんに暗くらかったのです。
ただその梢こずえのところどころ物凄いほど碧いそらが一きれ二きれやっとのぞいて見えるきり、そんなに林がしげっていればそれほどみんなはよろこびました。
大臣だいじんの子のタルラはいちばんさきに立って鳥を見てはばあと両手りょうてをあげて追おい栗鼠を見つけては高く叫んでおどしました。走ったりまた停ったりまるで夢中で進みました。
みんなはかわるがわるいろいろなことをアラムハラドにたずねました。アラムハラドは時々はまだ一つの答をしないうちにも一つの返事へんじをしなければなりませんでした。
セララバアドは小さな革の水入れを肩からつるして首を垂たれてみんなの問いやアラムハラドの答をききながらいちばんあとから少し笑わらってついて来ました。
林はだんだん深くなり かしの木やくすの木や空も見えないようでした。
そのときサマシャードという小さな子が一本の高いなつめの木を見つけて叫びました。
「なつめの木だぞ。なつめの木だ。とれないかなあ。」
 みんなもアラムハラドも一度いちどにその高い梢を見上げました。アラムハラドは云いいました。
「あの木は高くてとどかない。私どもはその実をとることができないのだ。けれどもおまえたちは名高いヴェーッサンタラ大王のはなしを知っているだろう。ヴェーッサンタラ大王は檀波羅蜜(だんばらみつ)の行と云ってほしいと云われるものは何でもやった。宝石でも着物でも喰べ物でも、そのほか家でもけらいでも何でもみんな乞こわれるままに施ほどこされた。そしておしまいとうとう国の宝たからの白い象をもお与あたえなされたのだ。
けらいや人民じんみんははじめは堪えていたけれども ついには国も亡びそうになったので大王を山へ追い申うしたのだ。大王はお妃と王子王女とただ四人で山へ行かれた。
大きな林にはいったとき王子たちは林の中の高いきの実を見て、ああほしいなあと云いわれたのだ。そのとき大王の徳には林の樹もまた感じていた。樹の枝はみな生物のように垂たれてその美しい果実を王子たちに奉てまつった。
 これを見たものみなみの毛もよだち大地も感じて三べんふるえたと云うのだ。

いま私らはこの実をとることができない。けれどももしヴェーッサンタラ大王のように大へんに徳のある人ならばそしてその人がひどく飢えているならば木の枝はやっぱりひとりでに垂れてくるにちがいない。それどころでない、その人は樹をちょっと見あげてよろこんだだけでもう食べたとおんなじことにもなるのだ。」
 アラムハラドはこう云ってもう一度いちど林の高い木を見あげました。まっ黒な木の梢から一きれのそらがのぞいておりましたがアラムハラドは思わず眼をこすりました。
さっきまでまっ青で光っていたその空がいつかまるで鼠いろに濁にごって大へん暗く見えたのです。樹はゆさゆさとゆすれ大へんにむしあつくどうやら雨が降ふって来そうなのでした。
「ああこれは降って来る。もうどんなに急いそいでもぬれないというわけにはいかない。からだの加減の悪いものは誰々だ。ひとりもないか。畑のものや木には大へんいいけれどもまさか今日こんなに急に降るとは思わなかった。私たちはもう帰らないといけない。」
 
けれどもアラムハラドはまだ降るまではよほど間があると思っていました。ところがアラムハラドのこう云ってしまうかしまわないうちにもう林がぱちぱち鳴りはじめました。それも手をひろげ顔をそらに向むけてほんとうにそれが雨かどうか見ようとしても雨のつぶは見えませんでした。
 ただ林の濶い木の葉はがぱちぱち鳴っている〔以下原稿数枚?なし〕


 入れを右手でつかんで立っていました。〔以下原稿空白〕