♪わらべは みたり よなかのば~ら
実は、わたしも 同じように 子供の頃そう歌っていた。(●´ω`●)ゞ
向田邦子を他人とは思えない・・
むかしむかし、本屋で本を物色していて
手にとり、本を開く前から
「夜中の薔薇」という文庫の背表紙を見た瞬間に
このシューベルトの「野ばら」のフレーズが自然に浮かんで
邦子さんと一緒に歌った・・
よなかの ば~ら♪と(*^o^*)
♪のなかの ば~ら
のはずが、子供のわたしの中で
なぜ、夜中の薔薇になってしまったのか?
今、大人になって・・
理由はこのせいだな・・と思っている。。。
まちがいない。。(*^o^*)
まだ文字も読めないほど幼い頃 プレゼントしてもらった
ディズニーの絵本「不思議の国のアリス」の
歌う薔薇の・・この絵のイメージ・・と
「野ばら」が結びついてしまったのだ。
これが、 わたしの中の 「夜中の薔薇」・・
「不思議の国のアリス」の絵本の中で、一番好きだった絵。。
ひっそりとした闇の中
星のように光る夜露を飾った蜘蛛の巣のベールの影で
薔薇が、歌っている ----
母が静かな声で歌うように 読み聞かせてくれる声と
想像の中の この絵の薔薇の歌が相まって
うっとりと 眠くなるあの感覚を思い出す。
母の声を思い出し・・・
ふと、いにしえの吟遊詩人の歌声とはどんなものだったんだろうと思う。
異国の歌物語は、極東のわが島にも流れ着いているのだろう。
==========
歌物語とは・・どのように始まったのか?
人間には原初的な能力がある。
幼児は何でも口に入れ、触れて対象世界の輪郭をつかむ。
そこに声による言語行為をつけくわえて感情を声にした。
文字が現れる。
ミュケナイ文明時代、ギリシアとカナンを結ぶ1300キロの海は交易上で
つながっていた。
エジプト、クレタ、ヒッタイト、アッシリアは情報交換をしていた。
ついで「海の民」があらわれると、この交易はいったん衰退し、
代わってカナン人がフェニキア人と名を変えてアルファベットの
母型文字の一種を使い始めた。
それからそれがギリシア文字のアルファベットが出来上がり、
吟遊詩人のホメーロスは、口伝えの物語を文字にした。
ギリシャ文学の最も古いもののひとつが著された。
そして、古代ではあらゆる文字は「音読」された。
長いあいだ、人々は本を声を出して読んでいたのだ。
中世においてもだれも「黙読」はできなかったのであり、
写本にあたってもいちいちスペルを声にしながら書き移された。
中世文化は朗読法と吟遊詩人と口述世界によって成っていたのだ。
ホメーロスは、おそらく小アジアか地中海の島の人間で
ギリシャ人ではないと言われている。
ホメーロスのオデュッセウスの歌物語・・
「オデッセイア」
ギリシャ神話を題材にして描かれた、イタケーという地中海の島の王である
英雄オデュッセウスがトロイア戦争の勝利の後に、帰還する途中に起きた、
10年間にもおよぶ漂白の旅の歌物語。
これに出てくるのが、「ナウシカ」なんですね。
従者たちが太陽神に捧げられた牛を食べてしまったため、
ゼウスがおこした恐ろしい嵐に巻き込まれるという罰を受け、
オデュッセウスは嵐の中カリュプソ島に、そして、スケリアの島に流れ着く。
裸で浜の茂みに打ち上げられ眠っていた。
侍女を伴って浜に来ていた島の姫ナウシカは、彼を救い、恋心を抱くのだ。
王アルキノオスと王妃アレテも、できれば娘をオデュッセウスの妻にと望むが、
オデュッセウスには、国に残してきたペネロペーという妻がいたのだ。
宮崎駿がオデッセイアの「Nausicaa」に因んで名づけた名前・・・
例によって、その語源を調べてみました。
=============
ναυσι- nausi- ← ναῦς naus [ ' ナウス ] 「船」 の複数与格。
「船によって」
+
κα(ϝ)- kaw- ← καίω kaiō [ カ ' イオー ] <受動態で>
「恋心を燃やす」
+
-ᾱ -ā [ ~アー ] 動詞から 「行為をあらわす名詞」 をつくる接尾辞
↓
Ναυσικά(ϝ)ᾱ Nausiká(w)ā [ ナウスィ ' カアー ]
「船によって恋心燃やすこと」
=============
この語源、物語の内容から・・
「船」とは、愛する人、オデュッセウスのことであり、
「船」とは・・水の上を移動し動いて進むもの・・
船は、本来、留まっていないものだ・・
ならば、「命」のようなもの、「生きる」ということのようでもある・・と思われた。
=============
風の谷のナウシカは、熊楠みたいに粘菌を研究しているんですね。
「腐海で小さな粘菌をガラス瓶に移したときだわ。
粘菌は不安でうろたえて悲鳴をあげた。
他の菌の鉢に放してやったら、自分より強い菌におそいかかって、喰いあいをはじめた。でも、相手が強すぎて食べられてしまった。
数日後にびっくりすることがわかった。
あの粘菌が他の菌の中で元気にエサをあさっていたのだ。
食べられながら、自分も食べて、まじりあっていくつかの細胞は
生き残っていたにちがいない・・」
全く関係ないが・・熊楠のデスマスクと、盲人であったホメーロスの
彫刻のお顔が・・・ 似てる・・・w川・o・川w
清浄と汚濁こそ生命だ というナウシカの言葉が大好きですが、
命について、生きるということについて、
ナウシカの信念が語られる
「墓の主」と対決するシーンがあります。
●ナウシカは、●墓の王の浄化のプログラムを拒否するんですね。
その朝が来るなら私達はその朝にむかっていきよう。
私達は血を吐きつつ、繰り返し繰り返しその朝を越えてとぶ鳥だ!
============
「ナウシカ」は核汚染をイメージした世界。
コミックを時間がたっぷりある時にまとめて
もう一度読みたいと思う。。
生きることは変わることだ。王蟲も粘菌も、草木も人間も、


