チャップリンの子供たち ★ マルセ太郎&Mマルソー&MJ | ☆Dancing the Dream ☆

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マルセ太郎

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かれこれ10数年前、いや20年程も前になるのだろうか?
マルセ太郎の「スクリーンのない映画館」の
小栗康平「泥の河」の舞台を観た。

小さな黴臭い小屋で、小柄な猿のような風貌のマルセ太郎が
一人語りで映画を再現する・・その芸は、今思い出しても震えるほどだ。
その時、マルセ太郎は、末期の肝臓癌に侵されていた。

在日朝鮮人二世、1933年、大阪生れ。新劇俳優を目指すが夢破れ、ヒロポン中毒に陥り、失意の中で、出会ったのが、天井桟敷のジャン=ルイ・バロー、そして、
来日したマルセル・マルソーのパントマイムであった。
パントマイムの芸に打ち込み、56年には、日劇ミュージックホールでデビューを
果たした。
寄席やストリップ劇場、キャバレーの舞台などで漫談と形態模写を演じた。
やがて到来する80年代のお笑いブーム。しかし、マルセ太郎は、それとは異なった全く独自のわが道を行く。癌であっても。
同じ浅草の芸人の後輩ビートたけしが、売れに売れた、お笑いブームの
生簀で飛び跳ねるキンキラの鯉なら・・・
マルセ太郎は、「泥の河」をゆっくりと航跡を遺して泳ぐ怪魚、「お化け鯉」だ。
しかし、売れないマルセ太郎を、阿佐田哲也(=色川武大)、永六輔、立川談志
などは、大変に支持していたらしい。

彼の「泥の河」がもう一度観たい・・映像が手に入らないかと調べたら・・・
なんとビデオなら出ているようだ。。。アップ

『 マルセ太郎のロードショウ
  スクリーンのない映画館
 96年12月シアターBeフリーにて収録のライブ版video(保存版)
 プロダクション人力舎/制作・発売:キメラ 各巻¥4200(税込み)
 株式会社 キメラ
 新電話番号 03-5342-2506 fax 03-5342-2509
 
 VOL1『泥の河』 カラー 78分VHSステレオHi-Fi CHIV-11001
 VOL2『息子』 カラー100分VHSステレオHi-Fi CHIV-11002
 VOL3『生きる』 カラー108分VHSステレオHi-Fi CHIV-11003 』








う~~~ん・・動画拾ったけど・・
マルセ太郎の凄さはこんなもんじゃないですね。。

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■マルセル・マルソー
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マルセ太郎の哲人的芸人人生に大きな影響を与え、パントマイムの神、
沈黙の詩人、と言われたマルセルマルソーは、1923年、フランス北東部の町、
ストラスブールで生まれた。幼い頃からハリウッドのサイレント映画黄金時代の
チャールズ・チャップリンを敬愛していたという。
しかし、彼が16歳の時、第一次世界大戦が始まり、やがてナチス・ドイツのフランス侵略、レジスタンスの闘志であった父はゲシュタポによって捕らえられ、彼は、21歳の時、アウシュビッツ強制収容所で父を失った。
ユダヤ人であることを隠すために姓をMangelからMarceauに変え、フランス南西部に逃れ、彼は青春時代を悲惨な戦下で送ったのだ。
戦後、彼は、サラ・ベルナール劇場の演劇学校の生徒となる。
マルソーは「天井桟敷の人々」の白塗りのピエロ、バチストや、チャップリンの山高帽のThe Trampを下地にし、横縞のシャツに、帽子には赤い花を飾った「ビップBip」という独自のキャラクターを作り上げた。
その後、世界各地で公演し、絶賛される。78年、パリ国際無言劇学校を創設。
96年、無言劇の振興のためのマルソー財団をアメリカに設立。




『若さ、成熟、老年そして死』Youth, Maturity



■マルソーとマイケルの幻の共演

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マルソーが、演劇学校で一緒だった「天井桟敷の人々」のバチスト役のジャン・ルイ・バローの立ち上げた劇団に参加していた頃、二人で、「ムーンウォーク」の
ような動きを創作したのだと言われている。
このバックスライドという動きについて、マイケル自身は、黒人のストリートキッズに習ったと述べている。しかし、13~4歳の頃、マルソーの舞台をよく観に行き、風に逆らうような彼の動きもムーンウォークのヒントの一つになったと語っていたそうだ。その発祥元についてはさて置き、彼は直感的な感性で、このトリッキーな動きを、ビリージーンのパフォーマンスに採用し、磨き上げ、自分自身の代名詞にまで高めたことは違いない。
さて・・
1995年12月9日・・・マルソーは、マイケルジャクソンと共演するはずでした。
HBO制作のマイケルの「One Night Only」コンサートが予定されていました。
12月4日には、二人は揃ってにこやかにリハーサルを行いました・・・
ところが、12月6日ビーコン・シアターでOne Night Onlyのリハーサル中に突然ステージの上で倒れてしまうのです。
この日の夜は '95年ビルボード・ミュージック・アウォードにジャネットと共に出席する予定でした。突然、入院したマイケルが受賞した特別功労賞は、ティナターナーが代わりに受け取ることとなりました。
報道陣やファンが取り巻く中、マイケルは6日間の入院の後、
公に笑顔を見せ、集まった家族やファンを一先ず安心させ、その後、静養地パリへ飛びます。
しかし・・この時のマイケルの病状の情報は交錯し、何が起こったのかは、
未だに全く解せません。一時は命に関わるほど、危険な状態だったのでしょう。
リサ、キャサママ、ジャネット、リビーとその娘たち、ダイアナ・ロスと2人の息子たち、3Tまでが駆けつけました。

2010年、リサは、マイケルの死後、ロングインタビューに応じたオプラのTV番組で、この日のことを語っていました。
「脱水とか、低血圧とか、過労とか、ウィルスとか、いろんな原因が報道されて、 何が本当なのか分からなかった。でも、なにか薬の影響だと思った。」・・と。
医師団や取り巻き陣がマイケルをガードして煙に巻き、家族を排除し、
リサにさえ、何が起こっているのか解らなかったのですね。
この日の出来事は、2009年のマイケルの突然の死の時と同じく、
無実の児童虐待の嫌疑をかけられた後のことでした。
この出来事は、繰り返される何か不吉な予兆だったように思えてならないのです。


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約1年半後、'97年パリで二人は再会


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マイケルが最も愛した歌は、チャップリンのsmile・・

お葬式でも歌われました。

彼の自筆のこの絵も、なんだか・・

チャップリンのThe Trampのこのシーンが思い出されます。

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このポーズ・・・とても良く似ていると思いませんか?
マイケルは、チャップリンのThe Trampの姿を自分に重ねていたのかな?




マルセルマルソー、マイケルジャクソン、

そして、ルーツを辿れば、日本の隠れた超一級芸人、マルセ太郎も、

Cチャップリンの魂を継ぐ血脈、Chaplin childrenではないかと思われましたアップドキドキすまいる


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お読みいただきまして 誠にありがとうございましたおじぎ