「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」使徒16章31節



②聖霊様から神の知恵をダウンロードする


ジョン・チョー(NCTC Dallas 牧師)

8節はこう言っています。
「この知恵を、この世の支配者たちは、だれひとりとして悟りませんでした。もし悟っていたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。」

9節。
「まさしく、聖書に書いてあるとおりです。『目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの。そして、人の心に思い浮かんだことのないもの。神を愛する者のために、神の備えてくださったものは、みなそうである。』」
ちなみに9節は、イザヤ書からの引用です。

10節。
「神はこれを、御霊によって私たちに啓示されたのです。御霊はすべてのことを探り、神の深みにまで及ばれるからです。」


私達が覚えておくべき第二のポイント。

【この知恵は、神の御霊であられる聖霊様によってのみ啓示される】


11節。「いったい、人の心のことは、その人のうちにある霊のほかに、だれが知っているでしょう。同じように、神のみこころのことは、神の御霊のほかにはだれも知りません。」

この隠された神の知恵は、イエス・キリストの贖いによる人類にたいする神の計画、新しい創造、教会に、新しく造られた者達に与えられた召し、相続財産、力と任務に関するものです。

私達一人ひとりの人生にある具体的な特定の召命は、聖霊様によって明らかにされます。

12節。
「ところで、私たちは、この世の霊を受けたのではなく、神の御霊を受けました。それは、恵みによって神から私たちに賜ったものを、私たちが知るためです。」

私達に聖霊様を与えてくださった主な理由は、私達が恵みによって神様から賜ったものを知るためです。

神様が私達全員のために備えてくださったこの神の知恵を私達に教えるためです。ハレルヤ。


私達の聖霊様との交わりは、ただ愛の交わりだけではありません。
「主よ、あなたを愛しています。」
「ジョン、わたしもあなたを愛しているよ。」

「ああ、もうそれで十分です。他に何もいりません。お金がなく貧しいままでいいし、人生の全ての領域で敗北しているけれど大丈夫。だって私は神様に愛されているから。それでもう十分。」

(神様との愛の交わりの中にひたすら浸かってまず心の癒しを受け取っていくという時期があります。またどれだけ霊的に成長したとしても、私達は誰でも神様との愛の交わり、神様の臨在の中に浸かる時が必要です。しかし神様は、私達を最後まで敗北させたままにしておくことはありません。主は私達をそのままにしておく方ではなく、私達を立ち上がらせてくださるお方です。)


聖霊様は、あなたが人生で栄えることを願っておられます。
聖霊様は、あなたがこの神の知恵を適用し、あなたの人生にある神の召しを果たしていくことを望んでおられる。


イエス・キリストは神の知恵を完璧に体現しています。

聖書はこのように言っています。

「キリストのうちにこそ、神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っています。」

この箇所を詳訳聖書はこう訳しています。

「神の性質を完全に表現している。」
それが神の知恵です。
イエス・キリストの生涯を見るなら、神のご性質の完全な表現です。

しかしイエス様はこのように言われましたね。「わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。」(ヨハネ10:10)

このいのちは神の性質であり、私達もこの神のご性質を受け継ぐ者とされたのです。

神のご性質の完全な表現は、イエス・キリストの生涯です。
だからこそ聖書はこう言っています。

「私たちもこの世にあってキリストと同じような者であるからです。」(Ⅰヨハネ4:17)

天国や千年王国時代になってからではなく、今この世にあってです。

イエス様は、私達に天の御父を現すためだけではなく、キリストにあって私達が何者であるかを示すためにも来てくださったのです。

どんな者となることができ、どんなことができるかを示すために。


今読んだ12節に、聖霊様の究極的願いが現れています。

イエス様は言われました。
「わたしには、あなたがたに話すことがまだたくさんありますが、今あなたがたはそれに耐える力がありません。

しかし、その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導き入れます。

御霊は自分から語るのではなく、聞くままを話し、また、やがて起ころうとしていることをあなたがたに示すからです。

父が持っておられるものはみな、わたしのものです。
ですからわたしは、御霊がわたしのものを受けて、あなたがたに知らせると言ったのです。」
(ヨハネ16章)


ハレルヤ。

【あなたの内にキリストがおられる!】

なぜなら私達は、この神のご性質の相続者だからです。

そしてキリストはあなたの内に、私の内に生きておられる。
栄光の望みであられる方が。
ではあなたの内におられるキリストとは誰なのでしょうか?
それは聖霊様です。

キリストは油注がれた者という意味です。

聖霊様がイエス様の中におられたので、イエス様はキリストと呼ばれた。

キリストとは、イエス様の苗字ではありません。

ナザレのイエスは、聖霊を受けて、油注がれた者となり、それゆえにキリストと呼ばれた。

人間の体の中に完全に表現される神のご性質、それは聖霊様を通して私達の内に住まわれるキリストです。

聖霊様はあなたの内におられます。

キリストはあなたの内におられるのです。

聖書は言っています。
「キリストのうちにこそ、知恵と知識との宝がすべて隠されているのです。」(コロサイ2:3)

このキリストがあなたの中におられるのです。

聖霊様があなたの内におられる。

あなたがそれを聞いて興奮してないとしても、私はものすごく興奮しながら言いたいです。

キリストはあなたの内におられる!

考えてみてください。

なぜ私達は人生で失敗をしてしまうのでしょうか。

それは私達がキリストに聞くことをせず、キリストの指示に従わないからです。

多くの場合、私達のアイデンティティーはこの世のものに執着します。

人の意見、功績、業績、教育、生い立ち、所有物など、目に見える外側のものにです。

それなので多くの時、私達は何かをするのですが、クリスチャンといえどもアイデンティティーがキリストに根差しているのではなく、目に見える外側のものにあるので、結果が芳しくないと、失望し、苛立ち、やめてしまい、諦めてしまうのです。

ゆえに、失敗を繰り返し、弱いままでありつづけてしまう。

けれども、御父と聖霊様との交わりを通して内におられるキリストに、自分のアイデンティティーが根付いていくと、私達は、外側の目に見える成果ではなく、内住される聖霊様の臨在に集中するようになり、聖霊様に従い、聖霊様と親密になり、聖霊様と共に歩むようになり、聖霊様の指示に従っていく。


そうなると失敗しなくなっていくのです。
(失敗してしまったなら、悔い改めて、聖霊様の導きに従ってください。「どうして自分はできないんだろう」と自分を責めないでください。神様の恵みにより頼んでください。)
ハレルヤ。

それが素晴らしい、焦点 の変化です。


【聖霊様があなたに教えてくださる】

13節。
「この賜物について話すには、人の知恵に教えられたことばを用いず、御霊に教えられたことばを用います。その御霊のことばをもって御霊のことを解くのです。」


パウロは聖霊様との交わりによって、神の知恵が与えられ、それを伝えるために書簡を書き記しました。


しかし、聖霊様の助けがなければ、私達はそれを読んで、聖書から神についての知識を沢山得ることができるかもしれませんが、悟りがなければ、私達は変革を体験することはできません。

しかし聖霊様の助けによって悟りが与えられ、それを正しい方法で適切な時に適用していく、それが神の知恵です。

聖霊様と日々生きた交わりを持っていくときのみ、私達は正しく事を行っていくことができます。

聖霊様との協力関係を持つようになると、聖霊様との活力ある生き生きとした交わりの実を私達はそれぞれの人生で見ていくようになります。

私達の神様との関係は、ただ私達が神様に愛されるだけではありません。

私達が神様と協力することによって、神様は私達の人生に結果をもたらしたい、私達の人生のあらゆる面において繁栄をもたらしたあげたいと願っておられるのです。


私達に義の実を結ばせ、実り多き者とさせ、神の召しを果たしていくことができるようにさせたいと主は願っておられます。

パウロは言っています。

「この賜物について話すには、人の知恵に教えられたことばを用いず、御霊に教えられたことばを用います。
その御霊のことばをもって御霊のことを解くのです。」



聖霊様が教えてくださる、と言ってください。みなさんは、聖霊様の教えを楽しんでいますか?


聖霊様の教えとは神の知恵です。


聖書を読んだり、人生で何らかの状況に出くわす時には、自分であれこれと決断する前になによりもまず、あなたの個人教師であられる聖霊様のもとに来てください。


聖霊様はあなたに理解を、洞察力を、そして知恵を与えてくださり、何をどうやって、いつ誰とすべきかを教えてくださいます。

聖霊様に聞かなければ、私達は的を外してしまうのです。

時に私達は何をすべきかは知っているけれども、動機が間違っていることがあります。


聖霊様は、私達の心を調整してくださり、私達が正しい動機でなすべき事をしていくように助けてくださるのです。


時に私達は人と比べてしまって、自分に与えられた召しとは違うことをしてしまうことがあります。

また人と比較し、プレッシャーを感じて、焦って間違った決断をしてしまう場合があります。

聖霊様の助けと、聖霊様との活力ある生き生きとした交わりによって、聖霊様は私達に知恵を与えてくださいます。

この知恵が私達を真理へと導き、私達が義の実を結ぶことができるように導いてくれるのです。
「その御霊のことばをもって御霊のことを解くのです。」


この世の人達は、神の知恵を喜びません。

しかし私達がこの神の知恵を喜ぶなら、私達の人生は全く違ったものになります。

【神のみことばによってのみ左右される人生】

私達がこの神の知恵を知り、聖霊様と共に歩むなら、私達は恐れのない人生を歩むことができます。

恐れがない、というのはとっても素晴らしい人生ですね。


多くの場合、私達は状況や問題を見る時に、目に見えることに従って、感覚によって判断してしまい、恐れてしまいます。

将来への恐れ。失敗への恐れ。
そして恐れに基づいて間違った決断をしてしまう。

しかし、物事が私達を揺り動かそうとしてきても、私達は恐れません。

なぜなら私達には、聖霊様からの内なる語りかけがあるからです。


この聖なる、尊い神の御霊であられる聖霊様、知恵と悟りと知識の霊は私を正しい道に導いてくださいます。


それゆえに、私が遭遇するいかなる環境も、攻撃も、プレッシャーも、妨害も、私を左右することはできません。


私は、自分の目に見えること、感じることによって動かされない。


私を動かすのは聖霊様との交わりによって与えられる神のみことばのみです。

ハレルヤ。

私達がこの神の知恵と共に、聖霊様の導きに従うなら、私達は痛手を被る失敗をしません。
ハレルヤ。

それが神様の願いです。
主は私達が栄えることを願っておられます。
富と誉れと長寿は、この神の知恵によってもたらされるものです。
あなたの人生に現わされる神の知恵あなたの人生に現れる神の知恵について考えてみましょう。

コロサイ1章9節から12節を読んで、このメッセージを締めくくりたいと思います。

「こういうわけで、私たちはそのことを聞いた日から、絶えずあなたがたのために祈り求めています。
どうか、あなたがたがあらゆる霊的な知恵と理解力によって、神のみこころに関する真の知識に満たされますように。」
ハレルヤ。


これが神様の御心であり、パウロが他の人達のために祈ったことでした。

パウロは、私達の車や、家、伴侶のためには祈りませんでした。
もちろん、それらを持つ事は悪いことではありませんし、必要なものですし、祈り求めてください。

しかしパウロがとても大切な事として祈り求めたのは、私達が単なる科学の知識で満たされるようにではなく、霊的な知恵と理解力によって、神のみこころ、神のご計画、神の時、神のやり方に関する真の知識に満たされることでした。


パウロも、知恵と理解力と知識という言葉を用いていますが、ソロモンが伝えたこととは異なるレベルのことを伝えています。

ソロモンは人生の最後で失敗をしてしまいました。
確かにソロモンには多くの知恵がありましたが、霊的識別力の欠如ゆえに、異教の女性達、異教の偶像が自分の王国を滅ぼすことを許してしまったのです。

確かにソロモンは賢い人でしたが、霊的視点から見ると、そうではありませんでした。

使徒パウロが伝えている知恵は、ソロモンの知恵ではなく、神の知恵です。

キリスト・イエスは、「ソロモンよりも偉大なものがここにいる」と言われました。

キリストの知恵、聖霊様から来る知恵によって、私達は正しい方向に進むことができます。

私達は結末を知っており、永遠の結果も知っています。
そして今がどうような時かも知っています。

イエス・キリストがもう間もなく来られようとしていることも、キリストにあって私達に与えられている任務、永遠の裁き、霊的原則と霊的現実、キリストが何者であり、私達のために何をしてくださったかも、そして悪魔がイエス様によって打ち負かされたことも、キリストにある私達の霊的権威と相続財産、私達の目的と役割と神様から与えられた使命を知っています。


私達は、神様から与えられた相続財産は、救いと癒しと祝福と愛と、すべてのものが含まれていることを知っています。

私達が、聖霊様によって、これらのことを正しい方法で用いていく時に、私達は人生で勝利します。

キリストの知恵は、ソロモンの知恵よりもはるかに優っています。

パウロは自身が体験したので、他の人達にも体験してほしくてこう書いています。

「どうか、あなたがたがあらゆる霊的な知恵と理解力によって、神のみこころに関する真の知識に満たされますように。」

もしこれが可能ではないなら、彼はこのようには祈らなかったはずです。

しかし、霊的な知恵と理解力によって、神のみこころに関するすべての真の知識に満たされることは可能であり、彼自身もそれを体験していました。

聖霊様は、あなたをあらゆる霊的な知恵と理解力によって、神のみこころに関する真の知識で満たしたいのです。

10-12節は、神の知恵が働くときに起こることが書かれています。

「また、主にかなった歩むをして、あらゆる点に(英訳では、完全に、あるいは十分に)主に喜ばれ、あらゆる善行のうちに実を結び、神を知る知識を増し加えられますように。」


この知恵は、主にかなった歩みをし、完全に主を喜ばせることができるのです。
ハレルヤ。

正しい原則を知っていたとしても、それを間違った目的のために使うこともできるのです。

その場合は主を完全に喜ばせることはできません。

聖書は別の箇所でこう言っています。
「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。」(ヘブル11:6)

ですから、主を十分に喜ばせるとはこういうことです。

あなたが目に見えるものによらず、信仰によって歩んでいる。

目に入ってくる状況によって左右されないということです。

なぜ私達は怒り、苛立ち、失望するのでしょうか?

なぜなら私達は物事を、五感によって判断してしまうからです。

良くない症状があったり、正しく認めてもらえなかったりすると、落胆したり、苛立ってしまう。

しかし信仰によって生きていくなら、外側のどのような状況によっても揺り動かされなくなります。

霊的成長というのは、自分の目で見ること、感じることによって動かされなくなるということです。

ただ霊的知識、神のみことばによってのみ動かされる。


神の知恵によって、私達は主を完全に喜ばせることができ、主にふさわしい歩みをすることができます。

つづけてみことばはこう言っています。
「あらゆる善行のうちに実を結び」

みなさんは、あらゆる善行のうちに実を結びたいですか?

神の知恵は、あなたをあらゆる善行のうちに実を結ぶ者とします。

このあらゆる良い行いは、あなたの人間関係、伴侶との関係、親との関係、子どもとの関係、家族関係に良い結果をもたらします。

この良い行いは、良い実をもたらします。

救い、愛、喜び、平安、自制、信仰、忍耐の実がもたらされるようになります。

【神を知る知識が増し加えられる】

神の知恵によって、私達は神様をさらに深く知っていきます。
「神様を完全に知り尽くした」という地点に達することは絶対にありません。


キリストをよく知っていたあの使徒パウロでさえ、別の箇所で「私が主を知るように」と書いています。

キリストとその復活を知り、またキリストの苦しみにあずかることも知って、キリストの死と同じ状態になり、キリストのいのちが自分の人生に現わされ、上から与えられた神の召命を成し遂げたいと言いました。


【神の知恵には力が伴う】

11節。
「また、神の栄光ある権能に従い、あらゆる力をもって強くされて、」

神の知恵は、指示や導き、戦略を与えるだけではなく、実行に移す力も与えてくれるのです。

実行する力。

何をすべきか知っていても、それをする力がないなら意味がありません。
むしろ罪悪感がやって来ます。

しかしこの神の知恵によってあなたの状態は変わり、聖霊様から受けた知識や悟り、計画を、聖霊様の力によって実行することができるようになるのです。
それが神の知恵の素晴らしさです。

私達は、みことばを思い巡らしたり、異言で祈ることによって、聖霊様から神の知恵をダウンロードすることができます。

聖霊様と私達の霊の交わりによって、私達の霊的感覚は研ぎ澄まされていき、私達は聖霊様から力と指示と神の知恵を受け取り、それによってもたらされる良い結果を人生で味わうことができます。

「忍耐と寛容を尽くし、」

この神の知恵は、私達が忍耐できるように助けてくれます。

というのも、多くの場合、私達が忍耐できなくなるのは、将来を知らないからです。

そして間違った期待は、苛立ちと焦りと失望をもたらします。

例えば、水は100度に達すると沸騰します。

しかしもしあなたが、水は80度で沸騰すると思っていたなら、80度になっても沸騰しないので「なんでよ?」と苛立つはずです。

この例えは人生のあらゆる面に当てはまると思います。


【この神の知恵はあなたの霊に確証を与えてくれる】

あなたの将来は神様の中にあって安全である!と。

今すぐには結果が見えないかもしれませんが、喜びながら忍耐することができるのです。

なぜなら、あなたは聖霊様と共に歩んでいて、神様を信頼しているからです。
信頼は、私達の心から焦りを取り去ります。

「また、光の中にある、聖徒の相続分にあずかる資格を私たちに与えてくださった父なる神に、喜びをもって感謝をささげることができますように。」

感謝は、神の知恵が働いていることの表現です。

私達が常にすべきことは、感謝し、良いものを堅く守ることです。

つぶやくのではなく、良いものを見つけて、感謝を捧げ、勝利を祝う。
それが霊的成長です。

個人的な学びの中で、このようにノートに書きました。
なかなか良い表現だなと思っていて、気に入っています。

「神の知恵とは、神の御心と意図と時と、自分の人生にたいする召命のど真ん中にいるために、聖霊様によって啓示された霊的真理を適用する(聖霊様が与えてくださる)力」


自分で書きながら、「うわ、なんて素晴らしい」と思ってしまいました(笑)

けれども神の知恵は、単なる知識ではなく、私達が神様の御心、意図、時、そして自分の人生にたいする召命の中にいるために、聖霊様によって啓示された霊的知識を適用していく能力、力です。

そしてそれは、あなたの人生の個人教師である聖霊様の助けによってのみ可能です。


聖霊様は、あなたの生い立ち、通って来た道、あなたのDNA、あなたの生まれつきの特徴を全て知っておられます。

私は、妻のポウラとはかなり違います。
性格が全く違います。

共に働くように召されましたが、彼女と私の召命、役割は異なります。

私は彼女のようになる必要はなく、彼女も私のようになる必要もありません。
私にとって良いことが、ポウラにも良いとはかぎりません。

聖霊様だけが、あなたの人生のあらゆる事について、あなたの召命について教えることができ、あなたが神の御心、神の計画、神の時の中にいることができるように助けてくれます。

聖霊様は、あなたが誰と共にいるべきで、誰とはつき合うのをやめるべきなのか見分けることができるように教えてくれます。

なぜなら、悪魔もあなたの人生を滅ぼすために人を用いるからです。

聖霊様はあなたがどこにいるべきかを教えてくれます。

なぜならあなたがいるべきではない所にいるなら、あなたの召命、人生を滅ぼしうるからです。

その場所は、ある人にとっては与えられている召命にふさわしい場所かもしれませんが、あなたにとってはそうではないかもしれません。

神様は私をダラスに遣わされました。
私は自分の霊で、私の召しは韓国にはなくて、ここで英語を使って世界に向けて何かをすべきだと確信しているからです。

それなので私は英語を勉強しました。
今でも勉強中です。


とにかく聖霊様は、神に属する事がらを啓示することができます。

そしてこの神に属する事柄には、私達全員のために備えられたキリストにある祝福だけではなく、あなたの使命、神からの召しも含まれています。ハレルヤ。


祈りましょう。

「天のお父様。今朝、この尊いメッセージを私達に与えてくださって感謝します。
聖霊様、感謝します。
あなたは知恵と悟りと知識の霊です。
私達の内にある聖霊様、あなたの臨在を感謝します。
あなたが私達を全ての真理へと導き、またやがて起こることを示してくださることを感謝します。
私達が、恵みによって神が私達に与えてくださったものを知ることができるように助けてくださることを感謝します。
私達が、全ての良い業において実を結ぶことができるように、また天のお父さんを知ることができるように、あらゆる力をもって強くされ、忍耐と寛容を尽くし、喜ぶことができるように、隠された奥義としての神の知恵を教えてくださることを感謝します。

天のお父様、このメッセージを聞いておられるお一人ひとりを感謝します。
この神の知恵によって私達を導き、それぞれに与えられた召しを果たすことができるように助けてください。

毎日の生活において、神の知恵が与えられることを期待します。
いつでも、私達があなたに耳を開く時、あなたはこの神の知恵で私達を導いてくださいます。聖霊様、感謝します。天のお父様、感謝します。
イエスの力強い御名によって、アーメン。」

ハレルヤ。主を賛美します。



ソロモンの捧げものと献金の意味】

短く、捧げものについて語らせてください。

時に、私達は真実さを、行いによって示す必要があります。

たまに私は、息子のイアンに、「ちょっと、その食べてるのをくれる?」と聞きます。
くれるのを渋る時に、「本当にお父さんのこと好き?」と聞くと、どうしようかな~という風に食べ物と私を交互に見て、「いいよ~、あげるよ。」とくれます。

もちろんイアンが食べているのを味見したいから聞くときもあるのですが、ただ単にイアンを試したくて聞きます。

でもそのように、まだ小さい彼が、限られた中から自分の大好きなものをくれる時に、もっとこの子を祝福してあげたいと思います。

夫婦の関係もそうですよね。つき合い始めた当初は、「愛してるよ」という言葉だけで十分だったけど、10年以上も結婚していると、「愛しているよ」という言葉だけでは十分ではありません。私の愛は、優しさと穏やかさと、行動によって現す必要があります。

同様に、私達が本当に神様を敬い、信頼しているのをどうやって知ることができるでしょうか?

時に、それは行動によって示される必要があります。

だからこそ、神様は、捧げものの制度を設けられました。

神様はお金に困っていないし、私達のお金を必要ともしていません。

神様が私達に「捧げなさい」と求める理由は、私達の心の真実さを試し、悪魔が支配しているお金の力によって欺かれることがないためです。

Ⅱ歴代誌1章6節を読みましょう。

「ソロモンはその所で主の前にある青銅の祭壇の上に-その壇は会見の天幕の所にあった-いけにえをささげた。すなわち、その上で一千頭の全焼のいけにえをささげた。」

ソロモンは、何らかの方法を用いて、神様から何かを得ようとしていたわけではありません。

これは、彼が神様により頼んているという、最高の表現だったのです。

「神様、今、私が、ダビデ王の後継者となりましたが、この王国をどう導けばいいのか分かりません。あなたの助けが本当に必要です。あなたの助けを得るために、私には何ができるでしょうか」

1千頭の全焼のいけには、彼の心の現れでした。考えてみてください。1千頭の動物の血、犠牲です。

でもこれは聖書に見られるパターンです。
旧約を見るなら、アブラハムもイサクも、ヤコブも、いけにえを捧げて、神により頼んでいることを示した時に、常に神様は彼らに現れ、報いてくださいました。

神様はアブラハムに、イサクを捧げなさいと言いましたが、神様はイサクを殺したかったわけではありません。
アブラハムの心に、神様以上に愛しているものがあったからです。それはイサクへの愛情でした。

しかしそれは、いつでもサタンが来て、支配し、滅ぼすことができる隙を与えるものです。それなので、アブラハムを守りたかった神様は、彼にイサクを捧げなさいと言われました。それによってアブラハムの心の中の偶像を殺すためでした。

イサクを本当に殺すことがないように、神様はすでに小羊を用意していました。
ジェホバ・ジャイラです。


しかし別の箇所で、ロトを連れ去った5人の王
達を打ち破った後に、アブラハムは、メルキゼデクにすべての物の十分の一を捧げました。

それは律法が与えられる前の出来事でした。
しかしその後、創世記15章で神様がアブラハムに現れ言いました。
「わたしがあなたの盾である。あなたの受ける報いは非常に大きい。」


これは旧約に限定されたものではなく、いつでも私達が何かを心から神様に捧げる時に、神様は私達に答えてくださるのです。

時にそれは、物質かもしれませんが、整えるべき人間関係の場合もあります。


ある方が話してくれたのですが、実は昨日パーティーに行こうとしていたそうです。
ところが前の晩の金曜日の祈り会で、聖霊様が彼女に言われました。「パーティーに行くのはやめなさい。人間関係を見直しなさい。伝道集会に行きなさい。」

「主よ、明日ではなくて、伝道集会に行くのは来週でもいいですか?」

「いや、明日行きなさい。あなたの人生を整えなさい。」

それなので彼女は主に従って、伝道集会に来ました。

時に、神様は、私達に何かを見直しなさいと求めてくることがあります。

私達が従順する時、私達が神様に明け渡したその領域に、必ず豊かな祝福が備えられています。保証済みです。

ハレルヤ。

先ほどのつづきを見ましょう。

「その夜、神がソロモンに現れて、彼に仰せられた。『あなたに何を与えようか。願え。』」

神様への依存を行動によって現したソロモンの心を、主は喜ばれました。

その後に、ご存知の通り、彼は知恵を求めました。

みなさん、いつでも神様に捧げものをする時は、義務感からするのではなく、ご自分の心をチェックしてみてください。

神様により頼むという純粋な心で捧げてください。

そして宣言してください。
「神様、あなたが私が経済、そして人生の源です。
あなたがこそが私の供給源です。
私の人生に全てのものを与えてくださることを感謝します。
与えられたものの中から、あなたにお返しします。
でもこのことによって、私の心を知ってください。
私がより頼んでいるのは、自分のお金でも会社でも、キャリアや他のものでもなく、ただあなただけであることを。」

アーメン。

【完】