その動画を観た後に、観たのが今回のメッセージ動画「賛美という強力な武器」でした。
メッセージを聞いている最中に、「神様を賛美しなければ」と気がつき、メッセージを聞きながら神様を賛美し始めました。
するとそれからすぐにそれまでの状況が変わる出来事が起こり、神様からのある助けと、とりなしの祈りにより、1週間以内にその問題が全て解決しました!!!
神様は本当に本当に良いお方であり、誠実なお方です!
今まで、賛美した時に奇跡が起きたという証は沢山聞いてきましたが、私自身が賛美には力がある!というのを本当に体験したのはその時が初めてだったと思います。
長いので、今回も何回かに分けてアップしていきます。
下に動画も貼っておきました。英語のみですがよかったらご覧ください🤗
賛美という強力な武器
TJ Malcangi
賛美の武器。Ⅱコリント10章3-5節はこう言っています。
「私たちは肉にあって歩んではいても、肉に従って戦ってはいません。」
ところで、ぜひこの放送をシェアしてください。
友人のIsaiahが言っているように、サタンの目に黒いあざをつくってやるのです。
サタンはすでに2000年前に十字架で敗北しましたが、私達はサタンにその事を思い知らせてやるのです。
そして「私の将来を決定するのはお前ではなく、神様と私だ!」と言うのです。
ぜひこの動画を沢山の人達にシェアしてください。
戻ります。
「私たちは肉にあって歩んではいても、肉に従って戦ってはいません。
私たちの戦いの武器は、肉のものではなく、神の御前で、要塞をも破るほどに力のあるものです。」
聖書は、私達が自由に使える武器がある事を無視していません。
私達には武器、兵器、手段があるのです。
それは、地獄が人生にもたしてきた問題に我慢しつづけるための武器ではありません。
地獄があなたの人生に計画した悪しき仕業を打ち壊すことができる武器なのです。
現代のあまりにも多くのキリスト教会が、対処療法に頼っています。
「これが鬱への対処の仕方だよ。」
「これが不安との付き合い方です。」
「問題の扱い方は…」と言っています。
私達は問題を扱うために召されたのではありません。罪を扱うのです。
「神の子が現れたのは、悪魔のしわざを打ち壊すためなのです。」
それなので神様は、地獄が私達の人生に計画している全てのしわざを打ち壊すことができる武器を私達に与えてくださったのです。
しかし、その力を引き出すことができる方法があります。
神様が私達に与えてくださったその武器は、力を解き放ちます。
今日取り上げる武器は、私達の賛美という武器です。
エペソ5章17節から。
聖書はこう語っています。
「ですから、愚かにならないで、主のみこころは何であるかを、よく悟りなさい。
また、酒に酔ってはいけません。
そこには放蕩があるからです。
御霊に満たされなさい。
詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。」
20節。ここ注目してください。「いつでも!」
いつでもです。
「いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって父なる神に感謝しなさい。
キリストを恐れ尊んで、互いに従いなさい。」
ここから分かることは、神の子ども達にとって賛美と感謝は自分がしたい時にするものでもなく、また任意のものでもないという事です。
詩篇150篇。
これはダビデが賛美に関して語っている事です。
任意でも、また無計画に行うものでもありません。
毎日、時間を設けて行うべきものであり、意識的に行うべきことです。
なぜなら賛美したい気持ちになる事はあまりないからです。
覚えといてください。
肉は霊に反抗してくるのです。
自分がしたい事を自由にできるわけではないのです。
あなたの肉は絶え間なくあなたの霊に戦いを挑んでいます。
あなたの霊は祈りたいと思っている。
イエス様は「霊は燃えている」と言いました。
でも肉が反抗してくるので、自分がしたい事を自由にすることができないのです。
だからこそ聖書は、「絶えず祈りなさい」と言っているのです。
そうすることによって、肉の欲を打ち砕くことができるのです。
あなたの霊は、霊的な事柄を命じることができ、霊的鍛錬を維持することができるのです。
自分は祈りたいと思っている。
でも突然、普段だったらどうでもいいような事が気になり出し始めるのです。
賛美も同様です。
教会で臨在があり、歌詞も前に映っていて、神様が心の内に働いていて、手を挙げて賛美したいなと思うと、突然サタンに両手を鎖で縛られたような感じになって色々な考えが押し寄せてくるのです。
「手を挙げて賛美したら何て思われるだろうか」
「手を挙げて賛美しても家族や彼氏は私を受け入れてくれるだろうか」
そして手を挙げることができないのです。
聖書は語っています。
イスラエルの民が捕囚になった時、彼らはバビロンの川のほとりに座った。と。
「私達は、その柳の木々に、(神様を賛美するために用いていた)立琴を掛けた。」
彼らは立琴を掛けた。
サタンはあなたにもそうしてほしいのです。
なぜならあなたから賛美を取り去ることができるなら、あなたの人生で勝利を得るための手がかりや兆しも取り去ることができるからです。
サタンは、あなたの人生に賛美の不在をもたらす事ができるなら、勝利の不在をもたらす事に成功するのです。
なぜなら賛美の不在は勝利の不在だからです。
サタンが最も攻撃してくるのは、神様を賛美したいという願い、能力、やる気です。サタンはそれらを吸い取ろうとしてくるのです。
「神は御民の賛美の中に住まわれる」
あなたの手が挙がる時、神様の臨在が臨まれます。
神様の臨在があなたの状況に入って来られる時、敵対してくるものは屈服して、逃げざるを得ないのです。
だからこそ聖書は言っているのです。
まず神様に従うべきだ、と。
神様の権威、訓練、要求、条件に私達は従う必要があります。
それから、悪魔に立ち向かうのです。
そうするなら悪魔は逃げ去るのです。
悪魔に立ち向かう一つの方法は、私達の人生でこの賛美の武器を実際に行使することです。
なぜなら2021年の今もなお、悪魔は、賛美の戦士達をどうすればいいのか分からないからです。
2021年の今もなお、悪魔は、賛美の戦士達の手を縛る方法を知らないのです。
なぜなら賛美の戦士達は、外的状況に自分の賛美を支配させないからです。
「私は目に見える状況のゆえに神様を賛美するのではない!神様がどのようなお方か知っているから、賛美するのだ!
神様は高潔なお方だ。
そして人ではなく、偽りを言われるお方ではない!
ご自身が語られらた通りのお方で、宣言された事は必ず成就する。
神様は人ではなく、偽りを言わない!
だから、私は目に見える状況に私の賛美を支配させない!
私の賛美は、神様がどのようなお方であるかという内なる啓示によって支配されるのだ!
私は聖書の中に私の神様を見てきた!
神様が裏切るのを一度も見たことがない。
私は私の神様がご自身のことばを尊重されるのを見てきた!
私の神様はあまりにも誠実なお方だから、裏切ることなどできないお方だ!
私は知っている!
目に見える状況にかかわらず、私の神様は道のないところに道を造ってくださると!
今日はどん底だけれども、今日から私は栄光から栄光へと、信仰から信仰へと、勝利から勝利へと進んでいく!」
これは自分だと感じたなら、あなたは決心しているのです。
「私は座って、立琴を掛けたりはしない!
バビロン川のほとりに座って、めそめそ泣いたりなどしない!
悲しみに浸らない!
怒ったり疑ったりせずに、今日私は聖い手を挙げる。
私は私の神を知っているから!
神様の憐れみは尽きることなく、主は私の光であり、私の救いだ!
戦いが私に向かって起こっているけれど、
これが私の確信だ!
主は私の味方!!
神が私の味方であるなら、誰が私に敵対できようか!」
ハレルヤ。
続く



