F1のある暮らし ~夢を実現するブログ -20ページ目

F1のある暮らし ~夢を実現するブログ

自分の夢は『F1を日本の文化に定着させること』と『スーパーアグリを復活・発展させること』です。 その夢の実現のため、日々実践し、そこから得られた気づきをご紹介します。 「そもそもF1の魅力って何?」という事も、読者の皆さんと一緒に考えて行ければと思います!

多くの日の丸を背負ったコンストラクターズやドライバーが挑戦し、
跳ね返されてきたF1世界選手権。

エンジンサプライヤーとしても、過去5つのメーカーが挑戦しています。

そして、わずか2つのメーカーだけが勝利の美酒を味わっています。

その2つとは、言わずと知れたホンダと、無限ホンダです。

1996年F1世界選手権第6戦モナコGPは5月19日に行われました。

最終的に、2時間ルールが適用されたこのレースは、雨の荒れたレースでした。

他のサーキットに比べて圧倒的にポール・トゥ・ウィンが多いモンテカルロは、
悪くともセカンドローまでにいることが勝利の必要条件とも言える場所です。

しかし、この年、リジェ・無限ホンダを駆るオリビエ・パニスのスタート位置は、
14番グリッドでした。

ウェット→ドライ→ウェットと変化した路面にクラッシュや接触が相次ぎ、
スタートから2時間後に、正式にチェッカーフラッグを受けたのはわずか3台。

完走扱いもたったの7台という、今であれば、ポイント付与に悩むレースです。
(当時は、6位までが入賞。)

荒れた状況を活かしたとはいえ、14番グリッドからの大逆転優勝でした。

もちろん史上最も低いグリッドからのモンテカルロ制覇です。

ちなみに、二ケタグリッドからの優勝もなく、
この次に下位なのは8番グリッドからの優勝です。

さらに、ちなみに、この優勝は、無限ホンダとパニスの最初で最後の勝利であり、
リジェの9勝目にして、最後の勝利でした。


今日もF1を楽しみましょう!




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当たり前のことを

当たり前のようにしないから、

内圧が狂う


ブリヂストン MS・MCタイヤ開発本部長
浜島裕英

(出典:F1速報 2007年イタリアGP号)




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みなさま、こんにちは。

レーシングドライバー、
とりわけF1ドライバーというものは男の世界になっています。

最近では、マリア・デ・ビロタやスージー・ウォルフの名前が
テストドライバーとして挙げられますが、
最も直近でエントリした女性ドライバーは、1992年のジョバンナ・アマティです。
(彼女は、4戦しかエントリしてませんが、全戦予選落ちという結果でした。)

そんな、女性ドライバーの歴史を作ったのが、マリア・テレーザ・デ・フィリッピス。

イタリア出身の彼女は1958年の第2戦モナコGPに女性初のドライバーとして、
エントリーリストに名を連ねています。

31歳でのデビューとなりましたが、当時としては平均的な年齢だと思います。

マセラティ250Fを駆って臨んだ初陣ですが、残念ながら、予選不通過でした。
(という事で、
 このモナコが初めて女性の走ったレースという訳ではありません...)

しかし、このレースにマセラティは8台エントリーしていましたが、
そのうち、予選を通過できたのはわずか2台だけでしたので、
予選落ちは彼女の能力ばかりが責められるものではなさそうです。

事実、2度目のエントリーとなる第5戦ベルギーGPでは、
スパ・フランコルシャンのオー・ルージュを駆け抜け、見事19位で予選通過。

決勝でも、見事10で完走を果たしています。

残念ながら、完走を果たしたのはこのレースだけで、
他にエントリしたこの年の2戦ではリタイヤ。

翌年に1戦だけエントリしたモナコでは、やはり予選不通過となっています。

女性の入賞者の登場は1975年まで待たないといけませんでした。


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みなさま、こんにちは。

恒例(?)のレース後の英AUTOSPORTによるドライバー評価の振り返り。

スペインGPでは、タイヤを上手く使って結果を残した二人、
勝ったフェラーリのフェルナンド・アロンソと2位のロータス、キミ・ライコネンが
9点の評価を受けています。

メルセデスのニコ・ロズベルグも、タイヤに厳しいマシンながら
3ストップにより順位を押し上げたことが評価されて同じく9点。

そのメルセデスのチームメイト、ルイス・ハミルトンはタイヤを機能させられず、
フロントロウからズルズルと12位まで順位を落としたので5点と厳しい評価。

もう一人、厳しい評価を受けたのがウィリアムズのパストール・マルドナド。

予選でチームメイトのバルテリ・ボッタスに負けたとはいえ、
18位スタートで14位フィニッシュの彼に対して、非常に厳しい評価です。

昨年、ポール・トゥ・ウィンを果たした故の期待感があったのかもしれません。

さて、総合順位に目を転じると、トップはライコネンに代わりました。

5戦で1勝、2位3回という圧倒的な安定感が高評価に繋がったのでしょう。

ちなみに、彼は22戦連続入賞中だそうです。

アロンソ、ハミルトンがこれに続きます。

セバスチャン・ベッテルも徐々に順位を上げてきて、
今回あまり芳しくなかったジェンソン・バトンをかわして7位となりました。

個人的に注目している最下位争いも今回は変化が。

11位フィニッシュとポイント目前まで迫ったザウバーのエステバン・グティエレスが
定位置を抜け出し、マルドナドがその位置に収まりました。

そんな観点でも、マルドナドにとっては厳しいグランプリでした。


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我々は

常に勝利を目指す


マクラーレン チーム代表
ロン・デニス

(出典:F1速報 2007年イタリアGP号)




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F1の商業圏を牛耳り、コンコルド協定の締結やグランプリ開催地の決定などを
取り仕切るF1最高権威と言えば、バーニー・エクレストンです。

本名、バーナード・チャールズ・エクレストン。

かつて中古車販売をしていたことや、名門ブラバムのオーナーだったことは
比較的よく知られた事実だと思いますが、
レーシングドライバーだったことはご存知でしょうか。
(自分は知りませんでした...)

F3に参戦していたのですが、ドライバーとしてやって行く能力がないと
自身で察した彼はビジネスに専念するようになったそうです。

そんなバーニーですが、
F1グランプリの歴史の中で、ドライバーとしても記録に残っています。

1958年5月17日(決勝が18日なのでこの日と推測しています)
F1世界選手権第2戦モナコGP予選でバーニーはステアリングを握りました。

1957年に活動を停止したコンノートのマシンを買収し、
1958年にプライペーターとして参戦し、
(当時は、マシンを購入してのプライペーター参戦が可能でした。)
モナコで3台をエントリさせましたが、全台予選落ちしてしまいました。

その中の1台がバーニーだったという訳です。

記録によると、1'39"8というこの年のポールタイムに対して、
バーニーのタイムは6'で止まっています...

6分で走ったのか、6分経っても帰ってこなかったから計時を諦めたのか?

バーニー、27歳の出来事でした。


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みなさま、おはようございます。

この場でも何度かお伝えしてきましたホンダ復活の噂ですが、
5/16(木)に行われた緊急記者会見により、
遂に第4期のF1参戦が正式に発表されました!

発表された内容は、これまで報道されていた内容を追認する結果となりました。

 ・2015年から参戦する
 ・マクラーレンと組んで、エンジン・サプライヤとして参戦する
  (エネルギー回生システムも含めたパワーユニットサプライヤという表現)

と、いうことで、2015年からあのマクラーレン・ホンダ復活です!

新エンジン規定2年目からの参戦という事で、
これから初年度のノウハウを有するであろうルノー、メルセデス、フェラーリからは
一歩下がった位置からのスタートとなってしまいますが、
必ずや追いつき、追い越してくれるでしょう。

会見には、マクラーレン代表のマーティン・ウィットマーシュが駆け付けた上に、
FIA会長のジャン・トッドや、F1最高権威のバーニー・エクレストンまでもが
コメントを寄せるという手厚い歓迎ムードになっています。

これを機に、同じく復活が噂されているトヨタや、参戦経験のあるフォード、
BMW、ポルシェといったビッグネームを呼び込もうという事なのかもしれません。

ところで、ホンダに関しては、どうやら独占契約ではないようなので、
予てからの報道の通りカスタマー供給が考えられます。

今、噂に挙がっているのは、
ザウバーやロータス(これも、あのロータス・ホンダの復活ですね)ですが、
どうなるかはこれからの話でしょう。

現在、インディでポイントリーダーの佐藤琢磨のF1復帰なんて声も
もしかしたら、聞こえて来るのかもしれませんね。

いずれにしても、現在の日本のF1シーンにとって良い話です。

2015年が待ち遠しいですね!


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ひとつずつ

目標をクリアしてから

前に進んでいくよ


レッドブル ドライバー
デビッド・クルサード

(出典:F1速報 2007年トルコGP号)




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今でこそ、エイドリアン・ニューウェイがデザインした最速マシンを擁し、
他チームを圧倒するチームになったレッドブルですが、
彼らが強さを手に入れたのはごくごく近年になってです。

2004年で撤退することになったジャガー・レーシングを買収し、
レッドブル・レーシングとして参戦を開始したのは2005年の事です。

2006年にはニューウェイを獲得し、マシン開発を加速させます。

しかし、物事はそんなに簡単には運ばず、
初勝利が訪れたのはセバスチャン・ベッテルを獲得した2009年。

そのベッテルの手により、上海で達成されたものでした。

ブラウンGPが席巻していたその年の前半に対し、
後半はレッドブルRB5が最速マシンの称号を手にしていたと言えるでしょう。

その勢いのまま、進化型RB6を投入した翌2010年に、
セバスチャン・ベッテルのドライバーズ・タイトルと共に
レッドブルはコンストラクターズ・タイトルを奪取します。

その年の5月16日は、
レッドブルのマシンが伝統のモンテカルロを初めて制した日になりました。

ドライバーは意外にも(?)、マーク・ウェバー。

前戦スペインをポール・トゥ・ウィンで制していたウェバーは、モナコでも予選最速。

2位ルノーのロバート・クビサに約0.3秒、
チームメイトのベッテルに約0.4秒の差をつけてのポールでした。

レースでもトップを譲らず、結局、2戦連続のポール・トゥ・ウィン。

セーフティカーが4回出動する中を危なげなく勝利しました。

2位にもベッテルが入り、レッドブルの1-2でした。

この時はまだ、
二人に問題はなかったのですが、次戦トルコで事件は起こるのでした。


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みなさま、おはようございます。

マーク・ウェバーとセバスチャン・ベッテルの確執の問題からレッドブルの
来季シート、すなわち、ベッテルのチームメイトに空席ができるというのが
現在のパドックでの見方です。

その後任候補としては、ロータスのキミ・ライコネンの名前も挙がっていますが、
ジュニア・チーム、トロ・ロッソからの昇格という可能性も残されています。

そのトロ・ロッソのドライバーと言えば、
ダニエル・リカルドとジャン・エリック・ベルニュです。

ともに、フルシーズンを戦うのは2012年からと2年目のドライバーです。

デビュー当初は、ジュニア時代からの知り合いという事もあり、
比較的仲の良かった二人ですが、昨シーズンが進む中でライバル関係が加速し、
お互いの接し方の変わってしまったようです。

その背景には、リカルドがフル参戦前年にHRTから約半年前にデビューを果たし、
その経験から、常にライバルより有利に事を運んでいたという事があるようです。

ここに来て、来季のエースチーム(しかも、コンストラクターズチャンピオン!)への
昇格が目の前にちらつき始めたことで、
ますます二人の関係は悪化していきそうな気配です。

特に、トロ・ロッソのチーム代表を務めるフランツ・トストが現状、
リカルドの方が有利な立場にいるなんて事を公言してしまっている状態では。

全てのドライバーが欲しがるシートを巡って、
二人の関係が確執に繋がらなければいいのですが。

若い二人の今シーズンの行方を見守りましょう。


今日もF1を楽しみましょう!




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