5/17 エクレストンがモナコで予選落ちした日 | F1のある暮らし ~夢を実現するブログ

F1のある暮らし ~夢を実現するブログ

自分の夢は『F1を日本の文化に定着させること』と『スーパーアグリを復活・発展させること』です。 その夢の実現のため、日々実践し、そこから得られた気づきをご紹介します。 「そもそもF1の魅力って何?」という事も、読者の皆さんと一緒に考えて行ければと思います!

F1の商業圏を牛耳り、コンコルド協定の締結やグランプリ開催地の決定などを
取り仕切るF1最高権威と言えば、バーニー・エクレストンです。

本名、バーナード・チャールズ・エクレストン。

かつて中古車販売をしていたことや、名門ブラバムのオーナーだったことは
比較的よく知られた事実だと思いますが、
レーシングドライバーだったことはご存知でしょうか。
(自分は知りませんでした...)

F3に参戦していたのですが、ドライバーとしてやって行く能力がないと
自身で察した彼はビジネスに専念するようになったそうです。

そんなバーニーですが、
F1グランプリの歴史の中で、ドライバーとしても記録に残っています。

1958年5月17日(決勝が18日なのでこの日と推測しています)
F1世界選手権第2戦モナコGP予選でバーニーはステアリングを握りました。

1957年に活動を停止したコンノートのマシンを買収し、
1958年にプライペーターとして参戦し、
(当時は、マシンを購入してのプライペーター参戦が可能でした。)
モナコで3台をエントリさせましたが、全台予選落ちしてしまいました。

その中の1台がバーニーだったという訳です。

記録によると、1'39"8というこの年のポールタイムに対して、
バーニーのタイムは6'で止まっています...

6分で走ったのか、6分経っても帰ってこなかったから計時を諦めたのか?

バーニー、27歳の出来事でした。


今日もF1を楽しみましょう!




↓いつも応援ありがとうございます。クリックもお願いします!

人気ブログランキング