英語よみきかせの講師育成。英語で世界の絵本を紹介するDJ!Ms.Miyuki -244ページ目

英語よみきかせの講師育成。英語で世界の絵本を紹介するDJ!Ms.Miyuki

心まで伝わる英語絵本の読み聞かせで、本物の英語力を育てます@神保町+オンライン講座。子ども英語講師の指導力と英語力を上げる・英語絵本コノサー講座のトレーナーMs.Miyukiのブログです。英語で子どもと笑おう。楽しく世界の絵本を英語でご紹介!!

英語に少しでも興味がわいたら、気になるのが発音。発音矯正の専門家の方が書いているブログもたくさんありますね。もちろん、今勉強中の生徒さんの立場からお書きになっているブログもあります。

でも、ブログに書くためにはどうしても仕方がないことではあるのでしょうが、肝心の発音のツボの部分をカタカナで表記してあったりします。

カタカナで書いてある時点で、それは日本語です。英語ではありません。

発音を勉強するときにカタカナは絶対に使わないでください。

カタカナで英語は表記出来ません。

不可能です。


そして、当たり前のことですがカタカナを使わなくても英語を表記するにはいささかも困ることはありません。絶対ゼッタイ、ナッシング!!(←これも日本語)です。日本人以外のどの国の人間が、英語の勉強や表記にカタカナを使うでしょうか?お分かりになりますよね。

英語の発音の説明にカタカナが使ってある教材は出来れば使用しないでください。

と、強くおすすめしておきます。

ではカタカナでなければ、あの高校生の時に買った辞書の発音記号を使うの?

いいえ。実はあの発音記号というのはアメリカであまり使われているものではありません。

アルファベットは表音文字。

表音文字ってことは、書いてあるのです。音は。

ただでさえあれこれとわずらわしい英語。シンプルにいきましょう。

どの言語もそうですが、英語も口に出して、通じてはじめて価値があるものです。

聞きかえされない発音で英語を話しましょう。


聞きかえされない、整理された英語の発音のことなら、おまかせください(o^-')b
9月から、英語ソムリエジュニア講座 第一期を 開講します。場所は神保町。

全6回の内容で、読み聞かせと英語について、課題もふくめてしっかり勉強し、相手の耳に伝わり心に届く英語を身に着けていただきます。

英語での読み聞かせの大きな柱は、二つのこと。

1.聞き手から聞きかえされない、整理された英語の発音。

2.相手の興味を自然に引きつけるためのちょっとしたコツ。


実はこれ、英語読み聞かせのパフォーマンスをするための能力にとどまらず、大人のやりなおし英語としてもピッタリだということにお気づきになっていただけたでしょうか。

英語でのコミュニュケーション力がアップするってことなんです。

あなたが好きなお話を、誰かと共有するために知っておいて欲しいこと。

それにポイントをしぼった講座です。

大切な人と一緒に英語絵本を楽しむために。

あるいは英語での読み聞かせをボランティア活動などで楽しむために。


学びの街・神保町で、勉強の秋に、お待ちしております。

英語ソムリエ ジュニア講座(2011年秋期)
9月8日(木)開講 全六回 隔週木曜日
場所:日本工業大学神田キャンパス(神保町駅徒歩2分)
時間:13:00~15:20
料金:84,000円(全6回分)


講座の詳細は無料説明会でも詳しくご説明いたします。
8月13日(土)14:00より (ご予約ください。)
著名な知人がご尊父を亡くされました。

その方は、家庭的とは言い難いお父様の生きざまに触れ、いわく言い難い思いをお持ちだったようです。そしてそのことも大きな礎として、家族の在り方を真剣に考えるオピニオンリーダーをなさっています。

そのような方に大変僭越なのですが、私から送ったお悔みの言葉は、次のとおりでした。

「お悔やみのことだと
家族はあわただしく過ごしてしまいがちですが
お姿があるうちに一度きちんとご自分の悲しい気持ちを
真剣に受け止める時間をおつくりになってください。
お悔やみ申し上げます。」

私も母が亡くなってもうすぐ3年。強い個性を持って生き抜いた、家庭的には慈母というよりはもっともっと強い母でした。母親として高得点の望めるタイプ、ではなかったです。面白い個性の人物なので、好きではあったのですが、私は末っ子ということもあり、ついぞ深いふかい縁というものを感じることが無いままであったかもしれません。

その母が亡くなったときに、自分でもやや意外なほど悲しい気持ちがあふれてくるという経験をしました。

私がものすごく幸運だったのは、田舎のことでもあり、実家でお通夜、お葬式を済ませることが出来て母にお別れを言う時間がたっぷりあったことです。

住み慣れた実家に、母の遺体が戻ってきて一緒に夜を過ごし、最後にゆっくりとさよならが言えたこと。

わざわざご近所に触れ回ることがなくても、家を取り巻いたクジラ幕(不幸のための黒白の幕)を見たご近所の方も来てくださり。

人が亡くなるということはこういうことか、と、あらためて勉強させられたような気がします。

今は場所によっては火葬場の予定などもあり、お葬式までに日数がかかるせいもあるのでしょうが、病院などからご遺体は一度もおうちに戻ることが無く、斎場に直行するのが慣例になっていますね。

また、お葬式を出すおうちでも、斎場ですべて整えてもらってクジラ幕を家に張るなどということは少ないようです。

それがいけないというのではもちろんありません。お葬式も時代につれて変わっていってしかるべきです。

でも、近しい人を亡くして悲しい気持ちは古今東西関係なく共通しています。

そして、悲しい気持ちはいつも自覚しているとは限らないし、頭で考えているものとは一緒ではない、と、親子の縁というものについて感じます。

私が、本当に僭越ながら知人にお勧めしていることは。

じっくりと亡くなった方とのお別れを受け止めること。

時間が無いあわただしい中でこそ、心に留めておすすめしていることです。