
私は小学校で英会話活動を指導してきたことがあります。
座学ではない「コミュニュケーション活動」が奨励される英会話クラスだから、可能な限り「実社会にもありそうな」表現を使うようにしてレッスンプランを立てて、授業を実施します。(^∇^)
「実社会にもありそうな」なので、現実の英語圏の社会で好まれている映画や音楽、本やアーティストなど題材にすることはありえますね。
ところで。
小学生で実際にRap音楽が好きと言う子どもがどれほどいるかは分かりませんが、ごく少数とは言えないと思います。年上の兄弟や家族など、音楽の好みは身近な人に影響を受けるものだからです。
でも、現実生活の中でどれほどRap音楽が好きであっても、それは個人の趣味にとどめておくほうがよいと思います。小学校で取り扱うことは出来ません。
ギャングスタの音楽として「本音」をあからさまにする多くのRap音楽の英語は、子どもの英語の教材としては不適切きわまるものだからです。(日本のアーティストのRap音楽については、不勉強で知りません。ごめんなさい。)
教材ではなく、単に楽しむため?それであっても、アメリカのアーティストのRap音楽の歌詞は過激なものが多いです。(^o^;)
もし、「その本音の部分が素晴らしいんだよ。本当に感動したんだからいいじゃない。」と言われても、それは無理です。集団で扱う話題ではないからです。
「なんか、イイ感じ。」と、英語が分からなくて耳に入る音だけで判断する人も居ます。だからと言って、「子どもは英語に反応してるわけじゃないし、いいじゃん。」といわれても、私は残念ながら「NO.」と言わざるを得ません。たとえ、中学校の体育のダンスの授業のためであってもです。
ノリが悪い?残念ながら、そのとおりですね。(・∀・)
でも、譲れないものがあります。
ここで言っているのはRap音楽が子どもに悪いとか、作品としてどうかということではないです。
ただし、小学校の集団の中に持ち込むことは不適切だと責任を持って言えます。( ̄▽+ ̄*)
子どもと「真剣に」向き合う気持ちがあって学校などにボランティアででもお出かけになる場合は、楽しい気分の中にも「未来の大人」に向き合うのだという緊張感をお持ちになると、あなたのメッセージは本当に伝わると思います。ヾ(@°▽°@)ノ
今でこそ、「子どもと英語で笑える大人」をたくさん育てたくて「大人に」英語を教えている私ですが、もともとは早期教育の教師。3歳から6歳のお子さんたちと、アメリカで過ごしてきました。
なので、その世代のお子さんたちのこと、やっぱり大好き!
子どもは無垢だとお思いですか?
3歳児にだって、嫉妬もイジワルもあります。
子どもは悪魔だとお思いですか?
3歳児にだって、慈愛も友情もあります。
子どもの世界にも、大人と同様の複雑な感情は存在します。お金と性以外のすべて、といっても良いかもしれません。
教師になって間もなくは、「プロとして」自分の感情を交えず、子どもを「客観的に」叱ることが大切だと思っていました。
でも、自分の感情をすっぱりと切り離して子どもを叱ることは、問題の解決にはあまり適切な方法ではないように思います。
させてはいけないという倫理観。
されたことによる心の不快感。
それをきちんと自分で受け止めながら叱るのでなければ、同じ言葉で諭すように叱っていても「指導出来ている」とはいえないと今は思います。
子どもと過ごす時間が増えるにつれ、むしろ自分の感情をダイナミックに動かしながら、それを理性で客観視するというふうに仕事のスタイルが自然と変わってきました。
感情的になったというのではなく、より精神の流れに沿うようになったという感覚でしょうか。言葉に置き換えるととても「エラそう」に聞こえてしまうかもしれませんね。でも、人と接する機会が少なくない職業の方なら、なんとなくでも理解していただけるのではないかと思います。
大人が本気なら、子どもは必ず受け止めてくれます。
でもそれは、むしろ大人の分別臭さとはまったくの別のもの。
自分の感情の、時にはダークな部分もしっかりと受け止めながら、一方で今まで磨いてきた「理性」を働かせるということ。
「大人の本気」、かくあるべし、と私は思っています。
子どもの小学校で図書ボランティアに入っちゃった!さーて、何を読もうかなー?(≧▽≦)
ワクワクだったり、あるいは「人が足りないのよ。」とお願いされて、なんて方もひょっとしたらいらっしゃるかもしれませんね。(^∇^)
せっかくだから、子どもの頃に自分が感動したお話し。そうだ、大好きなあれ、「泣いた赤鬼」!!( ´艸`)
なんて方、きっといらっしゃるのでは?ヾ(@°▽°@)ノ
泣いた赤鬼、人間と友達になりたいと願った親友の赤鬼のためにひと芝居打って、尽くす青鬼。o(TωT )
日本人の心を打つお話しです。。゚(T^T)゚。
ただね。(^o^;)
河合隼雄さんが書いていました。
これ、考えようではすごく非倫理的なお話しですよ。と。
∑(゚Д゚)
もちろん日本人の感動に水をぶっかけたりする意図では断じてありません。(^_^;)
私たちがなんとなく「いいこと」や「分かる~!」と思っている私たち「日本人の常識」を揺さぶるためです。(*^ー^)ノ
だって、本当は仲間で示し合わせているのに、一方がターゲットの懐に入るために他方がわざと悪役になる。これは「心根」が違えば、詐欺グループと手法は同じです。(_ _。)
という見方も可能だということ。決して「泣いた赤鬼」が酷い作品だと言っているわけではありません。作品の評価ではないのです。
自分の子どもへの読み聞かせだったら、「このときどんな気持ちだったのかな?」とか作品を通して語り合うことで、絵本の持つ多様なイメージを伝えるチャンスもあるはず。だから、ご家庭で読まれるのには、間違った選択などではありません。(^O^)
ただ、相手が不特定多数の子どもたちの場合、ひとりひとりの心に寄り添うことは事実上無理なお話しです。(*゚ー゚*)
「うちの子が大好きな絵本だから~!」(≧▽≦)
と学校に持ち込むその前に。(・∀・)
一度振り返る習慣を、子どもへの読み聞かせをする方には、たとえボランティアであってもぜひ持っていただきたい。
('-'*)(,_,*)('-'*)(,_,*)
それはあなたと子どもたちの双方を守り、あなたの「読み聞かせ」を読み手にも聴き手にも素晴らしい体験にするための大切な知恵です。
ヾ(@°▽°@)ノ