激務の要因。


やっぱり 「やるべきこと」 と 「時間」 のバランスです。


例えば・・・

100時間あれば出来る仕事があるとします。

1日8時間だから… 100時間÷8時間=12.5日、

「2週間半あれば出来ますよ」



条件が増えました。
それを来週までにやらないといけません。

納期は絶対です。


1人じゃなくて、2人でやれば出来そうな気がします。

土日は休みですから、1週間は5日で計算しないといけません。

 100時間÷5日=20時間 (→10時間×2人!)。

「2人でやれば、それぞれ1日2時間の残業で出来ます」



制限が出ました。

人がいません。お金がありません。1人でやってください。


2人で毎日残業しないと出来ないところを1人では無理です。

でも、代替案も出さずに「出来ない、無理です」を連呼するのは

ビジネスマンとして失格です。


時間と要員が決定でも、機能を制限すればいけるかもしれません。

「時間的に厳しいです。機能を削る訳にはいきませんか?」

「とりあえず1週間後には50時間分の機能をリリースします。

 段階的に2週間に渡ってリリースするのはどうですか?」

却下されました。仕様は絶対です。



泣く泣く以下の計算になります。

 100時間÷7日=14.3時間

「1週間休みなしで1日6~7時間残業すればやれるかも・・・」

・・・採用されました。



極端に言えば激務の要因はこんな感じです。


ひどいですか?

でも、これだけだったらまだいいんです。

普通にやったら100時間かかるところを

作業を工夫して80時間で完成させることが出来れば

1日5~6時間の残業で、日曜日は休めます。

効率化への取組みはプロのエンジニアとしては当然のこと。

しかし、昨今コンプライアンス?やら ISO?やらに対して

積極的に取組む企業が増えてきている状況の中で、

やれチェックリストだ、第3者チェックだ、特別レビューだ、

コーディング以外に開発者のやることは増える一方なんです。

しかも、コンプライアンスやらへの取組みの歴史が浅い職場では

それらにかかる工数の多くが見積りの100時間に含まれていません。


十分なチェックやテストを実施したシステムを提供出来れば

開発者にとっても幸せなことです。

品質や法令に対しての取組みも素晴らしいと思います。

それらが当然やるべきこと、とされているのは構わないんです。

それにも当然時間とお金がかかることを分かった上で

見積り工数に加えてくれてさえいれば・・・


ひどいですか?

でも、これだけだったらまだいいんです。


泣く泣く引かされた無茶苦茶なこのスケジュールは

いったん開発者の手から離れると

「このスケジュールでやれると開発者は宣言しております」と、

何故か決意表明、承諾書みたいな扱いになってしまうんです。


しかもこのスケジュールにはリスク分が含まれていないので

何か問題が発生すれば、当然作業は遅れていきます。


進捗会議で「1日遅れ、2日遅れ・・・」と報告すると

管理者から「これで出来るって言ったよな」みたいに責められたり。

そして「この会議の時間がもったいないんじゃ!」と思いつつ

口だけは挟む管理者層の好き放題で非現実的な提案を聞きながら

「 簡単だ 言うならお前が やってみろ 」と

哀しいサラリーマン川柳を詠んでしまっていたり。



何か自分が可哀相になってきた。


あくまでこれは極端な例で、現実は、もうちょっとマシですよ。

どの程度マシかは・・・考えないようにします。


せめて気持ちのフォローは欲しいですね。

楽しくやれれば・・・無茶なスケジュールも・・・ねぇ。

気休めですけど。


プログラマーってどんなイメージがあるんでしょう。


茶髪にラフな格好でフレックス勤務、

IT長者って言うくらいだから報酬も良くて

六本木とか表参道とか、どんなところか知らないが

高級感溢れる丘に住んでるような

【勝ち組のイメージ】


一方で。

休日にはリュックを背負ってPDAかWILLCOMなんかを片手に

都会の電気街を闊歩。

3次元のコミュニケーションは苦手ですけど

CPUとは心が通じてます、みたいな

【オタクのイメージ】


そして。

納期と仕様は絶対、残業・徹夜当たり前、

無茶なリリース日と見積り額から逆算で決まった要員計画が

決定稿として提示されていて

出来る訳のないスケジュール引かされているのに

遅れた分は開発者の責任にされてしまう

【激務のイメージ】


現実は・・・もちろん人によります。


他の職場と同じように

普通の人も変わった人も、いい人もイヤな人もいます。

【激務のイメージ】はある程度正解のような気がしますが。


個人的に、プログラマーになってから1番思うのは

世界がすっごい狭いこと。


SEやコンサル的な仕事もやる人は別ですが、

純粋に開発だけやっている人は

毎日毎日同じ机で仕様とPCとにらめっこ。

朝から晩まで。月曜から金曜まで、ときには土日まで。


人は、同じ環境に長いこといると

それが普通だと思い込むようになるんです。

もしくは普通が何なのか分からなくなってくるんです。


「一般的には・・・」

ボクの口から出てくる「一般的」なことが

果たして本当に一般的なのかどうか・・・。


もういいっす、イメージなんて。

そんなことより、この狭い世界を何とかしなければ・・・。


プログラマー・・・

  月100時間程度の残業は当たり前

  朝出社すると、昨日と同じ服着た無精ひげが歯磨きしてる

  シャワー浴びるために始発で帰宅する

  会社の同僚、もしくは職場の誰かが気持ちの病で休職している

  久しぶりの休みなのに、起きたら1日終わっている


そんな生活も珍しくない職種ですが、1人暮らし && 独身の身としまして、

結婚して家庭を持っていたり実家から2時間かけて通勤してる同僚に対し

常々疑問に思っていることがあります。


 それで、家の人は何も言わないの?


先輩方・・・

「仕事と家庭と、どっちが・・・」って家族に問い詰められたことないすか?

「今なら間に合う!転職しろ!」って友達に真剣に諭されたことないすか?

「あんた、本当に仕事で帰り遅いの?」って親に疑われたことないすか?

「仕事するために生きてるんじゃない!

生きるために仕事してんだ!」って言ったり言われたりしたことないすか?


そりゃ普通に考えて、自分たちの生活が当たり前とは思わないですよ。

でも、月100時間残業や徹夜も珍しくないような状況で仕事してるのは

プログラマーだけではないと思うんです。


似たような生活をしているジャパニーズサラリーマンたちよ、

どうやったら定時退社出来るんすか?

そもそも「代休」って何すか?

忘年会シーズンでもないのに、どうして7時に飲み屋がいっぱいなんすか?


そんな環境に長くいると、同僚が何か戦友じみた存在に思えるんです。

同僚が悩んでいたり・・・別に悩んでいなくても、

「何か知らんけど、分かるぜ、その気持ち」みたいな気持ちになるんです。


そして、こんな生活の中で、家庭を大事にしたり全力で遊んでいたり、

仕事以外で生き生きしている人がすごい偉人に思えてきました。

きっと上みたいな赤文字セリフなんて、言われたことないんだろうな。


自分を顧みてみると・・・

平日は帰宅して風呂入ってメシ食いながらインターネットしてたら

メシ食い終わる頃には1時回ってるから深夜番組見ながら寝る。

休日は昼過ぎに起きて平日録画したテレビ見てたら夕方になるから

近所に買い物行ってダラダラしてたら夜になる。


・・・ダメだこりゃ。間違いなく赤文字セリフ予備軍・・・


なので、ここのところは月2~3回会社の人とスポーツしてます。

早起きしまっせ。

普段動かないから身体がびっくりしてまっせ。

昔の感覚で走り回ると目眩がしまっせ。
そして何より、家庭と遊びの時間を大事にする先輩たちの背中見て

カッコいいおっさんの極意を学びまっせ。


プログラマーのみなさん、世界は広い!

カッコいいおっさんになりましょう。

キライな人・・・


調子いいヤツと、口だけのヤツと、勘違いしてるヤツと、

義理とか恩義とか礼儀とか大事にしないヤツがキライです。


気の合う人としか付き合わなくても良かった頃と違って

仕事するようになると、どうしても「こいつキライ」ってタイプとも

付き合わないといけない場面が増えてきます。


世に言う 「仕事上の関係」 と言う言葉には、

何となく 「表面だけ取り繕えばいい」 というようなニュアンスが

含まれているような気がするのですが、とんでもない。


自分の要求を飲ませたり、相手の要求を飲んだり、

関係各所と調整して適当なところで折り合いをつけたり、

それを時には高額のお金や会社の面子を背負った状態で

やんないといけなかったり・・・

とても表面だけ取り繕って出来るような所業じゃありません。


プログラマーなので、そう言う機会は他の職業と比べると

圧倒的に少ないんでしょうけど、全くないなんてことはない訳で。


仕事ですから。


調子いいヤツと、口だけのヤツと、勘違いしてるヤツと、

義理とか恩義とか礼儀とか大事にしないヤツがキライです・・・

そんなことばっか考えていると、自分のことを棚に上げて

人のイヤなとこばっかりに目が行くようになってしまいます。


「私は人の好きなところだけしか見ない」

なんて神業を実践できる程の器は持ち合わせていませんが、

せめて、カチンと来たときにも一度唾を飲み込んで、

これまで間髪入れずに口にしていた言葉を

感情任せに吐きかけるのは止めよう。

それを陰であれこれ言うのも止めよう。

そして、どうしても許せないこと以外は、許そう。


・・・とても笑顔では出来そうにないですが。


大人ですから。

そんなつもりじゃなかったんです。


そりゃ自分でも危険な賭けであることは想像していましたよ。
しかし、まさかこんなことになるとは・・・


「こ、これが3日坊主と言うものなのか・・・」


古来、脈々と受け継がれてきた慣用句と言うのは、

ときに畏怖の念を感じさせる程の真実を言い当てたりするもので、

この11ヶ月間、私はその真実から目を背けてきました。

真実に向き合うことで壊れてしまいそうな自分を必死に守ってきました。

しかし、半年ぶりに見た真実 = 当ブログのアクセス状況は

想像を遥かに上回る衝撃を私に与えたのでした。


「こ、この1ヶ月の間に8回もアクセスされている・・・

 しかも3日と28日に至っては1日に2回も・・・

 誰も更新なんてしていないのに・・・」


1ヶ月にアクセス8回が多いのか少ないのか、

考えるまでもなく後者であることが明白ではあっても、

もはや、そんなことはどうでも良いんです。


8人の方、ごめんなさい。

これからちょっとブロガー返上を返上します。


ごめんなさい、もうしません。


辞める人が多いんです。


入社する前から「プログラマー」って人の出入りの激しい職業だと言う
勝手なイメージがあったのですが、
入社して数年経った今の印象…、やっぱり退社する人が多いんです。


ウチは半分派遣のような会社なので
自社よりも取引先で仕事をする時間の方が圧倒的に多いのですが、

かと言って、直接エンドユーザと接触する機会は少なく、
極端に言えば、納期までに仕様を実現すれば良いだけなので、
「ボク…、コミュニケーション苦手です」タイプの人々でも
周りのサポートで何とかやって行ける、比較的厳しくない会社なのです。


でもやっぱり退社する人が多いんです。


もちろん、人との接触ゼロでやれる職場ではないですよ。
ボク、コミュニケーション苦手なんです…的な人よりも、
プログラム書けた上で管理や調整も出来る人の方が当然評価されます。


他者との接触がある以上、当然多少のストレスは発生する訳ですが、
それでも、知らない街に連れられて、いかがわしさ120%の商品を
「飛び込み営業で5時までに10個売って来い」などとは言われませんし、
多少の赤字を出しても、つるし上げられることはありません。



当然、どんな人にもどこの会社にも、良い面と悪い面とがある訳で
と言うより、視点を変えれば良い面でも悪い面に見えてきたり、
悪い部分も慣れれば心地よく思えてきたり、
要はどんな側面も個人の解釈で評価が変わってくる訳です。


が、1つの組織に慣れてくると、いつの間にか評価が厳しくなるんです。
他社のオイシイ話を聞くと気持ちがグラグラ揺らぐようになるんです。

そうなると何故か自分の組織の悪い部分ばっかり見えてきて、
下手したら良い部分だったはずのことを「悪」だと解釈し始めて、
挙句、自分のことを棚に上げて組織のグチを言うようになるんです。

忘年会で自分にとって都合の良い会社のあるべき姿を語るんです。



自分はと言うと、別に今すぐ退職を考えている訳ではないのですが、
職種の違う友達や同業他社の人の話を聞く機会があると、
確かに、隣の芝生が黄金色に見えたりすることもあったりします。


しかし、今の仕事の他に本当にやりたいことがある場合を除いて、
今の職場でやるべきことや得られるものが何もない位の状況になって
初めて退職・転職を考えるべきなんじゃないかと思っているので、
僕自身が退職を意識出来るのは、まだまだ先になりそうですが、
少なくとも「この人はステップアップのために退職するんだ」と
感じさせる退社はこれまで1例も見たことがありません。


みんな「こんな会社にはいられない」みたいな顔して辞めて行きました。



そんな折、「愚直論 」に著者の転職観を見つけました。


『自分自身が成長できるような環境は、自ら手に入れるべき…その「スコープ」を存分に発揮できる環境に身を置き、より高い目標に向かって努力するのがビジネスパーソンの責務…職場を離れようと思ったときに判断の基準となるのは、それが現実逃避なのか、それとも新しい挑戦なのかという視点』


おぉ~。そうそう。それが言いたかった。
びじねすぱーそん…、響きカッコいいっすね。
今度同僚に会社のグチを聞かされたら、バレないように引用しよう。
「びじねすぱーそんってもんはな…そもそも…」


あ、口にしてバレないように引用するのはともかく、
ブログに書くのって無断転載になるんでしょうか。


それにしても、職業柄なのか時代なのか、対象からキーワードを探すとき
頭のどこかで「検索キー」を探してしまう…
既に読んでしまった本から、上の文章探すのに相当労力使いました。

便利な世界になったもんだ。



大晦日も正月も仕事…明日は朝6時から仕事…
グチりたいときもあります。

早速、自己投資のお話。


先月、久しぶりに本を読みました。

読書自体久しぶりなのに、先月だけで4冊。


最初は適当に2冊購入し、片道10分の通勤電車の中で読んでたのですが、

「電車で本読む習慣つけるのはなかなか良いな」と思い、

その後、兄貴の薦めもあり「渋谷で働く社長の告白 」「愚直論 」の

2冊を購入。

→だからブログもAmeba・・・


これがなかなか面白く、当初片道10分/往復20分に読むだけのつもりが

駅のホームとか家でも読むようになって、結局1週間で読んでしまい、

置き場所とお金のかさむハードカバーを久しぶりに2冊購入して、

「2冊あれば1ヶ月の通勤時間は安泰!」と思っていた過去の自分に完勝。

1ヶ月/1週間=4だから・・・お、ダブル・ダブルスコアで完勝。



本の内容はおいといて、2冊ともデカイ会社の社長さんの自叙伝なのに

気付いたら登場するシーンを自分に置きかえて読んでました。

そもそも自叙伝はそういう要素が強い訳ですが、

最近特に、何でもかんでも自分に都合良く置きかえて

その場限りの感動を味わう傾向が強くなってきたようです。


甲子園のアルプススタンドで、野球部とは無縁の女子高生が

9回裏2アウトで手を組み天に祈っている姿を思い出して、

その場限りの感動はみっともないんだ!と都度自制を。



しかしやっぱり次元は違えど似たような状況や心境もあったりして、

感じた著者と読者との違いは、そこでの発想と努力でした。

先人に倣おうにも、仮に努力は何とかなったとしても

発想自体が貧困ではどうしようもないな、と感じた読書中の1週間でした。


発想・・・努力について来るものか、発想あっての努力なのか・・・

ま、どっちにしても、凡人はとりあえず努力するしかないみたい。



高校野球が相当好きな時期があったのですが、

ちょうどその頃高校生だったはずなのに、

全く知られた存在じゃなかったイチロー選手。

28歳の年に年間242本のヒットを打ってメジャーMVPになりましたが、

それまでの過程で、ものすごい逆境と努力と発想があったんだろうな。


今年はMVP取れなかったなあ。

・・・発想はともかく努力を誓う28歳の冬でした。


明けましておめでとうございます。


年の始まりはいつも「1年の計は元旦にあり」とばかりに、

無理からに目標を作って1週間で忘れてしまうのですが、

2006年はきっと違うはずなのです。



20代中頃くらいから、何となく「もう子供ではないが大人でもない」的なことを

考えること自体ふさわしくない年齢であると自覚しながらも、

何か1つに覚悟を決められない状態で

周囲の空気を読みながら普通に会社員をやっている訳ですが、

多分誰でもそう思っているように「自分はこれで終わる人間ではない」的な

人並み以上のプライドは肌身離さず。


また、そうは言っても何から手をつけて良いのか分からずに、

自分と似たような状況にある友達に説教を聞かせつつ

とりあえず今日も昨日と同じことをやって28年経ちました。



しかし2006年からはきっと違うはずなのです。


何故なら、今年は「1週間の計は元旦にあり」とならないように

ブログで目標を宣言することにしたからなのです。



【目標】

 1. 月収の10分の1を自己投資に使う

 2. 投資した分の成果が出なければ次の投資はしない



これで来月の給料から自己投資をするために

今月投資した分の成果を出さないといけなくなりました。


ヤバイですか?


まずは、書籍以外に自己投資の対象を見つけないと

調子に乗って「脳の訓練」のためにDSを購入してしまいそう・・・


28歳福岡人プログラマー、2006年の計でした。