「香奈さん、亜紀さん、5番テーブルお願いします!
田中さんとお連れ様2名、香奈さん本指名で亜紀さんも場内入ってます。」
香奈は、「亜紀さん、よろしくお願いします」とにっこり微笑みかけた。
あれから3か月。彩美は香奈という名前で六本木のキャバクラで働いていた。
シャンデリアの光に照らされて、香奈の首にぶら下がるダイヤのネックレスがきらきらと輝いている。
そのダイヤ以上に、香奈の笑顔はまぶしかった。
「香奈ちゃん~今日も会いにきちゃったよ~。
ささ、早く座って!何飲みたい?」
常連客の田中は、すっかり香奈に入れ込んでいて
出勤日の水、金は必ず顔を出してくれる。おまけに毎回何人もつれてきてくれる上客だ。
キャバクラの給与体系は店によって全く違う。
香奈が働く店は、時給はそう高くはないのだが
本指名の客が使った金額の20%が給料に上乗せされる。
その分、ドリンクバックや指名のポイントなどもない。
要は、時給4000円で5時間働き、
本指名の客が全部で30万使ってくれたとする。
その場合、この日の日給は8万円だ。
源泉で10%引かれるので72000円が香奈の懐にまるまる入る計算だ。
ところが、
本指名が重なった場合、売上のポイントは折半になってしまう。
場内指名の場合、指名料の3000円はそのままもらえるが
売上のバックは一切ないのだ。
普通、客はそこまで知らない。しかし、キャスト同士では
本指名と場内指名では天と地とも給与に差がついてしまう。
田中は遊びなれている上に、この店「クローバー」のオープン以来の常連なので
システムは熟知している。何をすればキャストが喜ぶかわかっているのだ。
身長175センチ程。テニスの松岡修三に似たわりとさわやかな外見。
年齢は35歳。家は麻布十番。車は黒のアウディ。ヘネシーにクラッシュアイスを入れて飲むのが好き。
血液型はB型。バツイチということだが、べつにキャバクラに来なくてもいくらでもモテそうだ。
香奈が知っているのはそのくらいだ。
いつも私服で来て、部下達と思われる男性を連れてくる田中は
IT系の社長さんらしいよ・・・というのは店内での噂だったが
実際のところは、誰も知らないのだ。
田中は新人キラーとして有名だった。必ず新人が入ると一度は指名するのだ。
しかし、気に入らないと必ず2度は指名しない。
彩美が香奈として初めて入店した日に、初めて指名をしてくれたのが田中だった。
それが3か月前だ。以来、週に2回必ず来てくれるようになった。香奈は
初めてキャバクラで働くには年を食っていたが、よほどセンスがあったのだろう。
華々しい新人デビューを飾っていた。
キャバクラでモテるかどうかは、財力が大きくものを言う。
クローバーの給与体系だと、大人数で来て自分だけを指名してくれる、というのが
最高に美味しいのだ。1人で来て、あまり金を落とさないうえに、やたら口説こうとしたり
触ろうとしたりするような客は絶対モテない。
香奈が働く店は常時30~40人、週末は100人近くキャストが出勤する大型店だ。
入店2ヶ月目にして早くも田中以外にも多数の常連客を掴んだ香奈は
ナンバー5に入っていた。このままだとベスト3には入るだろうというのが
もっぱらの噂だった。
続く。