有機化学の話② 高分子と吸光・蛍光 | えりっき脳内議事録(えり丸)

えりっき脳内議事録(えり丸)

Diary and memo written by a pathologist.

分子生物学では様々な色素を用います.
色素って何でしょうか,今日はその話です.
現在では,実に様々な種類の色素が開発されています.

大まかに分子生物学で使用される色素は,以下の2つの要素を持っていると思います.
 ① 色(紫~青~緑~黄~赤)
   複数の物質を見分けるのに,色が異なっていると可視化しやすいのです.
 ② 使用用途
   生細胞で見ることができるかどうか,発光器質が必要なのか,
   FACSで使用可能であるか等の要素があります.

実に様々なものが開発されていますが,有名な色素を例に,お話しできたらなと思います.
まずはヘムとビリルビンの化学構造を見てみましょう.

左がヘム(ヘモグロビンの構成要素)です.血が赤いのは,ヘムの色なんですな.右がビリルビンで,ヘムが分解されたものです.構造が少し似ていますね.ビリルビンといえば黄疸の黄色です.尿や糞便の色の原因はビリルビンです.

えりっき脳内議事録(えり丸)-図1


この2つ,どっちも二重結合を沢山持っています.しかも1個おきに.こういう構造を共役電子構造と言いいます.この共役構造が多ければ多いほど,比較的低いエネルギーの電磁波でも吸収して電子が励起しやすくなります.ヘムとビリルビンでは,環状構造があるかないかで,電子が自由に動くことのできる範囲が異なります.ヘムは環状構造なので,電子はヘム分子の二重結合の中を洗濯機の様に行き来できます.一方,ビリルビンは左右方向に自由度はあるものの,真中で二重結合が途切れていますし,ヘムよりは電子の往来に制限があるのが分かります.

ここで2つポイントがあります.1つ目は,蛍光(fluorescence)と吸光(absorption)の話.吸光とは,物質が光を吸収する現象の事です.広義の蛍光とは,高エネルギー電磁波(X線・紫外線・可視光線)を吸収することで電子が励起し,それが基底状態に戻る際に余分なエネルギーを電磁波として放出する現象の事です.吸と光は,物質が光を吸収する現象を意味するのですが,実際には可視領域の電磁波を吸収して,不可視領域の電磁波(赤外線)を放出していると考えて差支えないと思います.

2つ目は,補色の話.補色ってご存知でしょうか.紫の補色は黄,青の補色は橙,緑の補色は赤,というものです.ヘムが赤く見えるのは緑の光(電磁波)を多く吸光しているからです.ビリルビンが黄色に見えるのは紫の光(電磁波)を多く吸光しているからです.正確に言うと,補色した光の波長より高エネルギーの光(電磁波)は多かれ少なかれ吸収しています.共役構造が多くなると,低エネルギーの電磁波でも励起されるのですね.むふふ.

ここからは,分子生物学で実際に使用する蛍光物質についての話.
有名どころだけご紹介しますね.

忘れちゃいけない代表例がGFP(Green Fluorescent Protein)です.2008年のノーベル賞の対象分野でした.アミノ酸だけで蛍光物質が作れるというのが最大の特徴で,生細胞で解析したい目的遺伝子と共に発現させるという用途に汎用されます.GFPの分子構造だけを見ると,しっかりした共役電子構造があるようには見えないのですが,紫外線を当てると緑に発光するんです.

他に,よく使うのがEtBr(エチレンブロマイド).これはDNAやRNAに結合し,紫外線を当てると発光します.PCR等の核酸実験で汎用します.発癌性があるので,取扱いは注意しましょう.

えりっき脳内議事録(えり丸)-図2


続いてフルオレセイン(fluorescein)とFITC(Fluorescein-5-isothiocyanate).刑事ものドラマでフルオレセインという言葉を覚えた人もいるんじゃないかな?血痕を染めるのに使うアレです.分子生物学ではFITCを汎用します.分子生物学で使用する色素は光分解しやすい特性があるのですが,FITCは光安定性が高く,発光も強くて使いやすいという利点があります.FITCは黄緑色の蛍光を出します.

えりっき脳内議事録(えり丸)-図3

次からは段々マニアックな話,いえ,専門的な話になってきます.

CyDyeというのがあります.Cyanine系の蛍光物質です.これは共役構造と励起波長/発光波長の関係性が非常に分かりやすい分子です.分子構造を見れば一目瞭然ですね.nが少ないほど,短波長の光,すなわち高エネルギーの電磁波で励起する必要があります.Cy3とCy5は,microarrayで用いられる色素ですな.
Cy3(n=1) 励起波長550nm(緑)-->発光570nm (黄緑)
Cy5(n=2) 励起波長649nm(赤)-->発光670nm (暗赤)
Cy7(n=3) 励起波長743nm(暗赤)-->発光767nm(暗赤~赤外線)

Alexa Fluor(R)Dyesというのも,有名です.442~814nmまで,非常に幅広いスペクトルの蛍光色素が開発されていますが,商業目的の為に企業秘密なのかして,分子構造はAlexa Fluor (R) 488だけしか公表されていないようです.これは抗体の蛍光標識に用いられることが多い色素で,光安定性が高く,発光も強いです.

えりっき脳内議事録(えり丸)-図4