映画とネコと、私の好きなもの。 -269ページ目

ハードデイズな1週間だった。。。。。

ふ~う。。。。。。

もう言葉に困るぐらい、忙しくて、キツくて、挫折しそうな1週間でございました。。。。
でも、何とか凌ぎました。。。。。

今夜も帰りは9時半を過ぎちゃったけど、
大好きな金曜日よ!(花金、ってもう死語か?)

で、ポストに入っていたのは、
ウィスコンシンから届いたクリスマスギフトでござんした!

そう、次女の婿殿Pトのママ、DアンとステップダディのJンからのプレゼント。

何と!グリーンベイパッカーズのロングTシャツだった!
ウレシッ!
Gのロゴが特徴ですね。
去年、グリーンベイを訪ねたときのこと、懐かしく思い出された。

くっちゃんも興奮して、匂い嗅いでたわ。。。。。(*゜▽゜ノノ゛☆

$映画とネコと、私の好きなもの。

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で、Dアンからの長い、長~い手紙は、明日、ゆっくり読むことにしますわ。。。。


週末写真から。。。。


昨日は、次女&Q姫とたまぷらーざでお茶タイム。

次女がおごってくれたクリスマススイーツ!


$映画とネコと、私の好きなもの。


それと、これは、先週末、長女の家にて。
なかなかグッドルッキングになってきた与六です。

$映画とネコと、私の好きなもの。


ちなみに、飼ってるカメは「与七」だったけど、行方不明になっちゃったので、
新たなカメをまた飼い始めたらしい。
名前は「与八」だって。。。。(-。-;)







ありがとう!

今年も次女一家から届いた、年の終わりのご挨拶。

サンクゼールのとっておきの美味しいものギフトでしたあ!

サンキュね!これから、ゆっくりと楽しませていただきますわ!

$映画とネコと、私の好きなもの。

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ちなみに長女からは、ベニシアさんのDVDが届く予定なんだけど。。。。。








思い出の勘三郎

録画しておいた金曜のフジテレビ「さようなら勘三郎」を、昨日見た。

ほんとに涙、涙、なんだけど、なんかもう、怒りすら沸いてきてね。

なんで、こんなことが起きるんだろうって。。。


あの92歳、最高齢の小山三さん、もう号泣が止まらずよ。
まさか、自分より先に若旦那が逝っちゃうなんて、想像だにしない。
というか、そんなシナリオ、映画でだって許されないでしょ。

でも、みなさん、ちゃんと役者ですね、舞台はしっかりと務め上げるのよ。
それがまた悲しい、というか、骨の髄まで役者で生きることの切なさ、それも感じたり。。。。。


私の中の勘三郎は、それはそれは濃いものがある。



たくさんの舞台を見て、幸せをいっぱいもらいました。。。。


娘たち2人を初めて納涼歌舞伎に連れていったときは、

富樫を演じた「勧進帳」に感動し、
その後の演目「人間万事廻り燈籠」の二役があまりにステキで!

小心なお調子者と、さっそうとした半七役で、
その変わり身の見事さと、可愛らしさと、面白さと、

とにかく勘三郎(当時は勘九郎)の魅力全開!

娘たちもこれでいっぺんに彼が好きになり、
そのとき「お浜」を演じた福助さんのコメディエンヌぶりにもぞっこんとなった。

その後、折にふれては見に行った、勘三郎の舞台。。。。。

平成中村座には二回。

「文七元結」には泣いた。
文七役は当時の勘太郎でしたね。

「法界坊」はちょうどアメリカから帰国していた次女と長女と3人で行った。
あれ、何年前だったか。。。。

クライマックスで舞台後方が開いた途端、花吹雪が劇場内に舞い上がって、
全身がしびれるほどの感動と興奮を味わった。。。。。
ああいうことができるのは、勘三郎をおいて他にはいない。

コクーン歌舞伎で見た「東海道四谷怪談」
歌舞伎座で見た「東海道四谷怪談」

どちらも凄かった。

その昔、子供のとき、歌右衛門のお岩さんを見て、
あまりに真に迫っていて、
夜寝れなくなるほどで、
以来、「四谷怪談」はコワいとずっと思っていたのね。

だから、勘三郎の「四谷怪談」を見て、
ええっ、こんなに仕掛けがいっぱいの面白いエンターテイメントだったのか、
と目からウロコだった。。。。

お岩の悲しさ、いじらしさ、
それだけでなく、
佐藤与茂七、小仏小平役も演じて、その変わり身の早さにびっくり!
特に戸板返しの名場面は、舌を巻きました。

一人●役の早変わりは、歌舞伎の呼び物の1つだけど、

とにかく凄いのは、「怪談乳房榎」の四役早変わり!

今、舞台の袖に引っ込んだと思ったら、数秒後に花道から出てきたり、
花道の上で一瞬にして別役に変わったり、
もう、マジックの世界よ。

長女と一緒にも見に行ったが、次女は見るチャンスがなかった。
もう、勘三郎で見れないなんて、信じられない。

「野田版 研辰の討たれ」も、2回見た。
DVDも買いました。
何回見ても面白い。

それと、忘れられないのは、勘九郎最後の舞台「今昔桃太郎」の千穐楽に行ったこと。

涙、涙のアンコール、スタンディングオベーション。
作者の渡辺えりさんも舞台に登場して、
勘九郎も涙、涙。
いつまでも鳴り止まない拍手喝采。
歌舞伎を見ている醍醐味を感じた一瞬でもあった。


「俊寛」のラストシーン、あの魂を絞り出すような俊寛の呼び声。
まさに渾身の演技に、見ている方も襟を正す思いだった。

「籠釣瓶花街酔醒」では、玉三郎との競演で、圧巻の名演技を魅せた。

「魚屋宗五郎」で、やめていた酒を飲んで次第に酔っぱらっていくところ、
上手いったらなかった。

「夏祭浪花鑑」の団七九郎兵衛のカッコよさと、義父殺しの場面での凄絶さ。
あんなに説得力をもって演じられるのは、勘三郎以外にいないと思う。

$映画とネコと、私の好きなもの。

他にも、「鏡獅子」、息子たちと踊った「三人連獅子」、「京鹿子娘道成寺」など
舞踊も、みんな美しく、カッコよく、圧倒的なオーラを見せていた。

どれも、私の中では、かけがえのない思い出。
これからも、新しいことにいっぱい挑戦して、
もっともっと輝いていくはずだった。

おじいさんになったら、さらに味わいが増して、
息子たち、孫たちに囲まれて、
人間国宝として、天寿を全うする。
それが勘三郎の、あるべき道だった。

なのに、なのに、神様はあまりにも残酷すぎないか。

思えば、現・海老蔵のおじいさん、海老さまこと、九代目海老蔵も、56歳の若さで惜しまれて急逝した。
勘三郎が亡くなったと聞いたとき、海老さまのこと、思い出しましたよ。
これから円熟期、というときに、全盛期の中での突然の死。

このショックは、多分、今以上にもっと時間が経ってからの方がじわじわと来そうです。。。。









信じられない、信じたくない。。。。

ほんとにほんとに恐れていたことが、現実になってしまった。。。。

こんなことが今、現在、起こっていいのか。

中村勘三郎さん、57歳で逝く。

誰もが想像すらしなかった、「歌舞伎界の華」の死。

ただ、私は、このところ、ずっと虫が知らせるというのか、いやあな感じはありました。
それは、週刊文春と週刊新潮の2誌で同時に特集が組まれる前から。

仕事で福助さんの個人ブログはよく覗かせてもらっているのだけど、
日に何度も更新する福助さんの更新頻度が少し落ちたかな、と思い始めたときから、
実はずっと、この日が来るのではないか、と恐れていたのだった。

しかし、心配していただけのときと、現実に、それが起こるのとは別物で、
ほんとに、今は、どう言葉にしていえばいいのか、わからない、
混乱と怒りと、悲しみ、悔しさ、すべてが入り交じって、
しかも、そんな上っ面な言葉では表現できないほどの気持ち。。。。

歌舞伎界にとってはもちろん、日本、果ては世界の芸術家の中で、トップクラスのアーティストだった勘三郎さんである。
あまりに若い、あまりに早すぎる、あってはならない死。

一体、どうして?と言いたい。

なぜ、突発性難聴から復帰した彼を、7ヶ月ものロングラン公演に出演させたのか?
なぜ、もっと、ゆっくりと体調を見ながら、
そういうプログラム、スケジュールを組めなかったのか?
それまで休んでいた分を取り戻すべく、松竹に働かされた、としか思えない。

そりゃあ、7ヶ月の平成中村座ロングラン公演、やりましょうといえば、
当人は歌舞伎大好き、お客様大好きなんだから、やりましょう、というに決まってる。

でも、本当に彼を大事にするのであれば、
これからも長く愛され、長く公演に出演してもらおうとするのであれば、
病気復帰したばかりの彼には、もっと無理のない公演企画にするべきだった。

返す返すも、それが悔やまれる。

ロングラン公演のために、ガンの発見が遅れたのは明らかだから。。。。。

松竹は、彼の本当の価値をちゃんとわかっていたのでしょうか?

ドル箱スター、なんてものではない。

日本の至宝ですよ。

正直、勘三郎さんのいない歌舞伎、私は考えられない。

幼い頃の「勘九郎ちゃん」時代から親しんできて、
娘たちに初めて歌舞伎を見せるときも、彼が出演している公演に連れていった。

娘たちもいっぺんで勘三郎ファンになって、
他の役者さんたちが出ているときは見に行かなくても、
勘三郎さんのときはよく一緒に行きました。

亡き母も勘三郎ファンで、
「娘道成寺」に連れていってあげたのを、昨日のことのように覚えてる。。。。。

いつも見に行っていた8月の納涼歌舞伎。
その中でも、一人4役早変わりを演じた「怪談 乳房榎」のなんて面白かったこと!
「鏡獅子」「3人連獅子」「京鹿子娘道成寺」も、素晴らしかった。
「野田版 研ぎ辰の討たれ」「野田版鼠小僧」
「法界坊」「夏祭浪花鑑」「人情噺文七元結」
「東海道四谷怪談」
そして、
「魚屋宗五郎」「松浦太鼓」「一本刀土俵入り」
「近江のお兼」「高杯」等々
今、思い出せないものもいっぱいあるけどーーー

どれをとっても、勘三郎の芸の華やかさ、踊りのきびきびとした美しさ、
舞台から発するオーラの大きさ、まさに、彼に匹敵しうる歌舞伎役者は現存しない。

そしてまじめだけでない、茶目っ気と粋にあふれていて、
ほんとに子供みたいに純粋で、可愛い人。
人間的な温かさもいっぱいで、
何に対しても、前向きで。

テレビの特番や、私がよく読んでいた彼自身が書いたエッセイ、
また彼を描いたエッセイなどから感じた人柄に、みんなが魅せられ、
大勢の人たちから愛されていた。

伝統を守りつつも、新しいことを迷うことなく取り入れて、
がむしゃらにチャレンジして。
その強靭な精神と、凄まじい努力。

彼のような存在は、まさに希有であり、
彼みたいにできる人、今の役者さんで他にいないと思う。

一体、来年4月の新歌舞伎座こけら落とし、私たちはどんな思いで迎えればいいのか。

願うべくは、残された2人の息子たち(素晴らしい才能に恵まれているが)に、
必死に頑張っていただきたい、としか言えません。

志半ばにして、逝った父の無念を晴らすべく、
これから精進していただきたい。。。。

それにしても、それにしても、
何ということが起こったんでしょうね。
未だに信じられない、信じたくもない。。。。。