この1ヶ月近く、エヴァに没頭してきましたが、

好きなことでも、そればかりに偏ってしまうと

疲れてしまうことがあります。

 

例えば結婚ホヤホヤのカップルのように照れ

 

なので今日は、とても静かで穏やかな気持ちになれる

「日日是好日(にちにちこれこうじつ)」を紹介します。

 

 

「日日是好日」とは、禅の言葉だそうです。

意味としては諸説あるようですが

 

こだわりやとらわれを捨て、一日、一瞬をありのままに自然に生きる。

嵐の日も、夏の熱い日も、雪の日も

あるがままを受け入れれば、それは全て好い日となる。

 

 

主人公の女性が、茶道を始めてからの24年ほどを描いた作品。

とても静かで決して言葉も多くありませんが、

これほど人生の機微に触れさせてくれる作品はないと思います。

 

 

母に進められるままに茶道を始めた典子。

 

自分自身の将来への迷いや焦り

うまくいかないことへのいらだち

大切な人との別れ、、

 

いろんな人生経験をしていく典子に

お茶の時間は静かに静かに寄り添い、気づきを与えてくれます。

 

目の前のことに集中する。

庭に降る雨音や陽の光を感じる。

掛け軸の文字から情景を思い浮かべ心を馳せる。

 

情景や微かな音の一瞬一瞬を丁寧に描くこの作品は、

 

日々の中でどれだけ「今」を全身で感じられているだろうか。

本当に大切なことを見逃していないだろうか。

 

そんなことを考えさせてくれます。

 

 

世の中には、すぐに分かるものと

分からないものの2種類ある。

 

すぐに分からないものは、

長い時間をかけて少しずつ分かってくる。

 

お茶を始めて24年。そういうことだったのか。

 

典子が24年かけて気づいたことです。

 

私たちは何でもすぐに答えを出そうとします。

答えが出れば安心できるから。

でも決してすぐに答えの出るものばかりではない。

 

作中で典子はお茶から離れる時間がありました。

 

ひたすら向き合い続けることだけじゃなく

離れるという時間も典子にとって必要な時間だったのですね。

 

焦る必要はなく、またやる意味があると気づけばそこに戻ればいい。

樹木希林さん演じるお茶の先生は、そうやって穏やかに典子を見守るのです。

 

 

今回、エヴァンゲリオンが26年という時間をかけて

一つの答えにたどり着きました。

 

庵野監督の精神的な苦しみを考えれば、

きっともっと手前で終わらせることもできたはずですが

途中作品から離れたり、実写を撮ったりしながら

最後はエヴァに戻ってきてくれました。

 

典子と同じように離れることに意味があっただろうし、

でもそれでも諦めなかった人なのだろうと思います。

 

そして自分を見守ってくれた存在も大きいのかもしれませんね。

 

 

「日日是好日」は派手な演出はありません。

驚くようなことも起きません。

 

”日常”の一瞬一瞬が大切だと思える作品です。

 

 

またこの作品は、樹木希林さんの遺作となりました。

全身ガンを患いながら最後まで演じることを

やめなかった樹木希林さんの演技もぜひ観て欲しいです。

 

どこからその穏やかさが来るのか。

自然で、まるで役を生きているような姿からも学ぶことがあるはずです。

 

えばでした^^

 

今日は仕事を早めに切り上げて

「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の3回目を観てきました〜

 

1、2回目と違い、再確認したい場面とか言葉に注目しつつ

エヴァの世界観を堪能…お願い

 

 

これまでも今回も、私にとっては

シンジ目線で観て感じてきた作品がエヴァなんですけど

 

実は、今日それが少し変わったって感覚がありました。

 

 

すみません、よく分からないですよね汗

 

 

今回の最新作を観ようと決めたときから

これまでの作品を振り返ってシンジに感情移入しまくって

 

最新作を観てまた全体を振り返って

シンジにとってエヴァとは、、なんてことをひたすら考えてました。

 

本当に好きなんです、突き詰めるのが、ええ笑

 

そんなこんなで今回3回目でついに

私の中でシンジお疲れさまー!とスッキリした気持ちに至りました。

 

初回に観た時の喪失感から90%くらい抜け出せた感があります。

←あと10%はどこいった?

 

と思ったら、今日は最後のアスカとシンジのシーンで

アスカのことが気になってしょうがなかった。

 

他のキャラクターにも目が向いてきたので

 

シンジはじめみんなが、結局この作品を通じてどう生きて

この後どうなって行くのか?ってことなども

そろそろ書いていこうかなあとぼんやり思った夜です。

 

エヴァファンの方の熱い解説考察動画とか、

パンフレットなどの情報もインプットされてきてるので

そろそろ書き始めようかと思います^^

 

そうは言っても書きたいことは頭の中に溢れるのに

文章にするとなると、なかなか「これだ!」

というものに行き着かないことも多々あるので

 

読んでもらいたい!と思える文章になったら順次アップしていきます。

 

まあそもそも、このブログは私自身が書きたくて書いてるし

アップしたくてしてるだけですが、

エヴァっていう作品で想いを共有できたら嬉しいです。

(もちろんエヴァ熱が落ち着いたら他の作品のことも書きますね!)

 

ではまた、えばでしたー!

TV版、旧劇場版、新劇場版と

これまで設定などを変更しながら3度”やり直し”をしてきた

エヴァンゲリオン。

 

毎回見るたびに新たな発見や気づきがあって面白いのですが、

シリーズを通して、一貫して変わらなかったものがあると思っています。

 

それは

 

シンジの優しさ

 

みなさんも一度はシンジの優しさに涙したんじゃないでしょうか。

 

私は思い入れのあるシーンを思い出すだけで泣けてしまうのですが、

 

シンジの優しさがなかったら、

エヴァンゲリオンという作品は成立しなかったんじゃないかと

思うくらい大切な要素です。

 

 

シンジが最初にエヴァに乗ることを決めたのは、

自分と同じくらいの歳の女の子(綾波レイ)が

包帯を巻き血を流して苦しんでいるのを見た時です。

 

「逃げちゃダメだ」という言葉で自分を奮い立たせ

勇気を振り絞ってエヴァに乗ることを決意します。

 

エヴァと言えば!のシーンなので

自分から逃げてはダメだという心情が強調されがちですが、

 

”傷ついて苦しんでいるこの子を助けたい”というシンジの持つ優しさが

逃げたい自分を戦いに向かわせたのかなと感じました。

 

アスカの乗った3号機が使徒化した時も

「アスカを殺すよりはいい!」と自分の命よりもアスカの命を優先し

ゲンドウの命令を拒否しました。

 

シンジは、誰かのためなら行動できる

 

そしてその原動力は優しさなのです。

 

 

日常の場面でも、自分のことで精一杯なはずなのに

(世界背負っとるからねw)

コンビニレンチンばかりのミサトのためにお弁当を作ってあげたり

アスカやレイの分まで用意しています。

 

海洋生物研究所に訪れたときにも、

みんなの分のお弁当を用意してくれました。

 

綾波が肉が食べれずにいると、さりげなく味噌汁を渡してあげたりもして

それが自然とできるんですよね。

 

 

日常シーンでのシンジの表情って、とても柔らかくて穏やかで

表情を見ているだけで温かさが伝わってくる。そんな少年です。

 

 

それに、どんなに深刻な場面でも

シンジの言葉には棘がありません。

 

理不尽な状況に傷つき怒りを爆発させたときに

「分からず屋!」という言葉を何度か使っていたと記憶していますが

何ともシンジらしい表現だなと感じました。

 

 

終始、みんなに助けてもらってばかりの存在だったかもしれないけれど

それでもシンジに関わる人たちが、彼を諦めず放っておかなかったのは

 

みんなどこかで

シンジの優しさに触れていたから。

 

 

今回の「シン・エヴァンゲリオン劇場版」では、

最後にエヴァパイロットとゲンドウの心の救済が行われますが、

 

ゲンドウの神殺しの目的に気づいた時のシンジの言葉は

本当に優しさに満ちていましたよね。(もう涙腺崩壊)

 

 

みなさんはシンジのどんなシーンが好きですか?

ぜひ振り返ってみてくださいね!

 

ではまた、えばでした✳︎

 

私や多くのエヴァファンの皆さんが

25年経ってもなおこの作品の虜になっている

 

映画館に来ていた人や

色々なエヴァ関連の考察動画などを観てすごく実感しました。

 

今回の「シン・エヴァンゲリオン劇場版」や

過去のエヴァ作品について語る皆さんの

エヴァへの愛がバシバシ伝わってきて…!ナミダデルヨキラキラ

 

みなさんのエヴァを少しでも味わい尽くしたいっていう

貪欲さに感動してます!

 

そして勝手に、みなさんとこの作品の素晴らしさを

共感しあっていますお願い

 

 

 

一度でもエヴァの世界に触れた人に

 

「エヴァを一言で言うとどんな作品?」

 

と聞いても、明確にこんな作品だ、

という模範解答的なものは出てこないのだと思います。

 

 

なぜなら

 

100人100通りの見方がある

 

 

それがエヴァという作品だからです。

 

 

どのキャラクターの目線で見るか

TV版、旧劇場版、新劇場版の

どのストーリーで観るかによっても違うし

 

自分自身が観るタイミングによっても違います。

 

 

特に私自身は10代のころと、

新劇場版を見ている30代のいまでは

見方が大きく変わっていると感じました。

 

 

エヴァを最初に観たのは12歳くらいの時。

それまでセーラームーンとか女の子が主役の

アニメや漫画を観てきた少女にとって

ドギツイ&エグイ映像はショッキングでありながらすごく新鮮に映りました。

 

しかも明らかに正義のために戦う!的な

勧善懲悪のストーリーじゃないのが良かった。

 

そして主役である少年は、自分の運命に苦悩している。

 

主役なら喜んで乗るはずのエヴァに乗りたくないと言い

他者との関わりを恐れているという

これまでの自分の中にはない要素を含んでいる作品の面白さに

ただただ圧倒されていたという感じ。

 

 

今回、新劇場版を観に行く前に

序・破・Qを改めて観て気づいたことは

 

より内面の部分をこの作品から

感じようとしていることでした。

 

単純にストーリーとしてどうか、だけでなく

なぜいまこのキャラクターはこの表情をしたのか?

この言葉の意図はなんだろう?とか

 

キャラクターの心情や

作品をつくる側の考えも探りながら、

自分なりのエヴァの見方を

発見していくような感覚を味わいました。

 

自分自身の見方が変わった

というか多角的な見方をできるようになったことで、

 

これまでになく面白い!!

 

ってことにこのタイミングで気づいてしまった笑

 

今まで以上にエヴァの魅力にどっぷり浸かることになり

こうしてブログまで書いております。

 

 

 

もしかしたら、今回の映画でエヴァのことを

知ったという方もいるかもしれません。

 

とっつきにくいんじゃないのかとか

今さら観てもどうなの?と思っているかもしれません。

 

 

いえいえ!全然大丈夫!!

 

むしろ、今出会うべくして出会ったんです。

 

全ては必然。

縁があなたをエヴァという作品に導いてくれたってことです。

 

ぜひ、観てもらえたら嬉しいなあって思う。

エヴァのあなたなりの「面白さ」を見つけてもらえたなら

紹介した甲斐があったってもんです!

 

ではまた、えばでした〜

 

 

P.S 来週、3回目を観に行く予定!

 

 

ついに、エヴァが終わったんだ…

 

 

エンドロールが終わり

 

終劇

 

この2文字を観た時にきっと、

劇場で同じ時に観ていたみんなが

同じことを感じたと思います。

 

”あ、もう予告ないんだ…”

”ミサトのサービス、サービス♪、聞けないんだ…”

 

今書きながらも涙が出るくらい切なかったのです。

 

 

早くラストを知りたい気持ちと

終わらないで欲しいと願うような151分。

 


2度観てきたんですが、

1度目も2度目も観終わったあとの

喪失感があまりにも大きくて

なんとも言えない寂しさに襲われています。

 

よくドラマなどが終わると

「〇〇ロス」なんて言うけれど

この感覚なのかな。


でも終わったことだけの寂しさだけではないのです。この喪失感は。

 

周りのエヴァファンの方も

同じように言っていたので


ここまで読んでいただいているあなたもきっと

同じ思いをしているかもしれません。

 

 

なぜならもうね

 

最高に美しい

終わり方だった

 


この一言に尽きるんです。

 

 

この後にはもう無いんだな。


確実に終わりなんだと納得させられる

こうなって欲しかったと望む以上の

最後を観せてくれました。

 


庵野監督、最高でした!

ありがとうございます!

 

 

そして同時に

 

少年から青年に成長したシンジ君の姿に

シンジ君より年上の自分が置いてかれたような

そんな気持ちになりました。

 

シンジ君はこれまでも

エヴァや家族、他人との関わりによって

成長してきました。


だけど、真正面から向き合いきれてはいなかった。

(本人が一番わかってた。だからこそ苦しんでた。)

 

最後は目の前の現実と向き合い

自分の責任で自分の人生を選択する。

そんな姿を見たいんだ!

 

それを願って願ってきて、そして、


お父さんのことや自分が起こした事

全てに”落とし前”をきっちりつけました。


自分を犠牲にする覚悟を持って。

 

 

そして最後、迷いのないすっきりしたシンジの姿を観ながら

感動とともに実はこう思っている自分に気づきました。

 

 

エヴァのいる世界で悩み葛藤し続ける

シンジ君をもっと観ていたかった…


 

そうです、これこそ

 

エヴァの呪縛

 

意味合いは少し違うかもしれませんが

成長しきてれいないのは、私たちの方だったということ。

 

 

約25年前、深夜の再放送から私はエヴァを観始めました。

もう四半世紀です。

 

もちろん毎日観ていたわけじゃないし

忘れていたこともあります。

 

熱心に調べたりしてたわけでもないけど

でも年齢を重ねても途切れず

ずっと観てきた作品です。

 

いつまでも終わらないのがエヴァ

 

いつからかそんな感覚になっていたし

エヴァンゲリオンという

存在ありきの世界観が


私たちエヴァファンの”当たり前”になっていたのかもしれません。

 


だからこそ

 

さようなら、全てのエヴァンゲリオン

 

この言葉が強烈に響いたんだと思います。

シンジがきっちりと終わらせた

エヴァンゲリオンという存在。

 

 

あああ、本当にすごい作品に出会えて

面白いと感じられる自分でよかった。

 


まだしばらくはエヴァに浸る日々が続きそうです。

みなさん、思い切り浸りましょう浸りましょう照れ

 

 

 

これまであまり内容や設定を深掘ったことがないので

全て終わった今だからこそ

ちょっとずつインプットして、そこからの気づきなどを

書いていきたいと思っています。

 

ではまた!えばでした〜