去年の秋ごろから

以前からの友人の齋藤麻生ちゃん

Facebookでの投稿がちょっとおもしろくなった。

なんか実験している。

ちょっと危ういようにも感じたけど、

でも言ってることややってることは

面白いし、とても興味がわいた。

 

 

それで、

岡田哲也さん

子宮委員長はるさん

Happyさん

水輝ハニーさん

などなどの発信を目にするようになったのね。

 

 

なんだか妙に怪しいんだけど、

でも言ってることは腑におちるから、

すこしずつ、すこしずつ、

いろんな実験を自分でもはじめてみた。

 

 

「自分を大切にする」とか

どういうことかよくわかんなかったし最初は。

いまもあんまりわかっていない。

 

 

「自分を大切にすること」が周りを幸せにする。

って正直ぜんぜんわかんなかった。

いまでもよくわかんない。

 

 

いや、わかりたくないのだ。

 

 

いままで自分をずっとないがしろにして、

自分をいじめてきたのだ。

 

 

わたしはいじめっ子なのだ。

いじめられっ子もわたし。

 

じぶんのいじめっ子ぶりをみとめたくなかった。

なんでいじめるのかも考えてこなかった。

 

 

いじめるには理由があった。

 

 

それは、わたしが狡いから。

 

 

狡くてすぐ被害者になろうとするから。

じぶんを追い込むように周りを仕向けるから。

会社でとか、すこしまえは元夫相手にとか、

親とか友人関係とか。

結構つらいっておもってたけど、

「NO!」ってひとこと言やあいいものを

え~んて泣き寝入りしてたんだわたしは。

 

 

それをまたじぶんでイライラして

じぶんを追い込むのだった。

 

 

この負のスパイラルは

心地よいときもある。

無責任ていうか。

周囲の状況に無責任になれるので。

 

でもかなりリスキーで

よく死ななかったなーって思う。

 

それ以上につらいのはでも、

そういう状況をつくりだしているのは

じぶんですよって気づくことだった。

 

死んだほうが楽なくらい

しんだほうがマシってくらい

 

恥ずかしかった

 

醜いじぶんをみとめることができなかったし

狡いじぶんをゆすることができなかった。

 

 

だからとにかくじぶんを責めて

ごめんなさいごめんなさいだった。

 

 

こういう人は

どんな場所にいっても

疎外感や孤独感に逃げ込むしかない。

 

 

結局

じぶんでじぶんを認めないから

ちょっと周りと齟齬が生じると

必要以上にじぶんを責めて

じぶんの殻に閉じこもって

世界とさよならするのだ。

 

 

アホな独り相撲を

何十年もやってきたのだった。

40さいだよもうすぐ。

 

 

わたしにはいま彼氏がいるけど

この彼氏がとても強い忍耐の持ち主で

強い意思の持ち主だ。

彼にはとにかく甘えてきた。

 

だって「甘えな。」っていうんだもん。

 

 

はじめは甘えることすらできなくて、

甘えるじぶんがかっこ悪くみっともなく、

そういうのに「まあこれもわたしだし。」

とも思えず、

そういうじぶんをじぶんから引き出してしまう彼から

逃げるように「さよなら」を何度も告げてきた。

 

 

でもやっぱり「好き」には変わりなく、

じぶんに降参して

「こんなダメだけどやっぱりあなたが好きです。」

と振られる覚悟で言って

まあ当然彼はそれを許すわけで

やっぱり独り相撲なのだった。

 

そんで

甘えるを突き詰めていくと

どうも「試す」になるような気がする。

 

どこまで甘えられるのか

試す。

試すっていうのは、

信じていないから試すのであって

信じる強さがないわたしは

試して試して試しまくったのだった。

 

 

そうして彼もとうとう耐えられなくなって

またわたしは独りになるんだろうな。。

なんて

また独り相撲の方式に乗っ取って行動するわけである。

 

 

だけど彼は本当に強いというか

よくわかんないけど

それが強いのか弱いのか。

 

 

弱さを見せられることは

強さの証なのだといますごく感じている。

血まみれのこころでな。。

 

 

あるときわたしの「試し」に耐えられなくなった彼が

ふと「凪」のようになったことがあった。

何をふっかけても

どんな意地悪な問いかけをしても

穏やかで柳に風。

 

 

いじめというのは

相手の反応を求めてするものであって

反応しないものに対してはエスカレートするけど

それでもある種の強さがあると

不気味さを感じてやめるしかなくなる。

ただこれはかなりタフないじめ対処法なので

おすすめしない。

三十六計逃げるに如かずです基本。

 

逃げて安全を確保したうえで

じぶんと向き合えばいいと思う。

 

なんでいじめっ子はじぶんをいじめるのか。

相手にばかり理由を求めてもねっていまは思う。

 

まずは逃げよう!

そんでじぶんと向き合おう!

 

 

ほんとのいじめっ子はだれなのか。

 

 

ってことに気づけるかで、

いじめられっ子の人生は変わるけど

これは本当にきつい。

 

 

わたしは今日ようやくそれにきづいたよ。

じぶんをいじめてきたのは

じぶんでしたってこと。

 

 

いじめっ子としてのじぶんと

いじめられっ子としてのじぶんの狡さをみたよ。

帰りの電車でボロボロ泣いたよ。

前の席にすわったハンサム小学生がチロチロ見てて

「刺激強くてごめんな。」

って思ったよ。

 

 

もういじめないでって言ってたわたしのなかのわたし。

 

 

もう被害者ぶるなっておこってたわたしのなかのわたし。

 

 

いじめられっ子といじめっ子。

 

 

ふたつはひとつになったのかなぁ。

いまでもケンカしてるみたいだけど、

 

いじめっ子のわたしはもういじめないって誓ったし

いじめられっ子のわたしはもう狡く被害者ぶって

周りのせいにしたりしないって決めた。

 

 

これからはわたしがわたしを守る。

彼に代わりに守ってもらわない。

彼にじぶんでやるべきことを押し付けない。

 

 

わたしがわたしを許す。

彼に許可してもらったりしない。

じぶんで許可の責任をもつ。

 

 

まあようやく大人になったみたいです。

 

 

アホみたいな

ほんとのお話しでした。

 

 

長々と読んでくださって、

ほんとにありがとう。

 

 

写真はだいすきなともだちが描いてくれた

わたしと彼。

 

 

すごく似てるとおもう。