Half-A-Room -135ページ目

しらなかった



その子は私を大好きで、大切だと言った。

青天の霹靂だった。
あたしはそれまで何を見ていたのだろう。

そんなこと、全く知らなかった。

気づかなかった、のではなく、知らなかった、というのが正しい。

そう、私は、知らなかったのだ。

彼女は私が前に通っていた大学の学生で、一人暮らしをしていた時のマンションで出会った。

私たちは同じ階の部屋に住んでいて、私はそれまでに一、二度彼女を見かけたことがあったので、彼女の顔を知っていたけれども、彼女は私を知らなかった。

その日は雨が降っていた。

どちらが声を掛けたのだったか、ドアの前の共通廊下で少し話をして、その後彼女の部屋に入れてもらって、話の続きをした。

初めて話す人なのに、自分のことをとてもよく話すことができた記憶がある。

とても仲良くなれそうだと思った。

その後マンションが変わっても連絡を取り合っていたし、私が学校を退めた後も親しくしていた。


にもかかわらず、私は彼女が私をそんなに大切に想ってくれているなど1ミリも知らなくて、そのことに自分でショックを受けた。

勿論、嫌われていると思っていたわけではないけれど、彼女はとても賢くて真摯で、自分がそんな彼女の大切な存在である筈などないと思い込んでいた。

信じられない気持ちだった。

それは、彼女を信じられないということではなくて、自分がそんな風に大切に想われているということが信じ難かったのだ。

私はとても卑屈な人間で、自分が誰かに必要とされているなどと思うことができなかった。


口に出さなければ伝わらないのは当然で、そんなことわかっていたつもりでいたけど、

ほんとうに、私は何にも知らなかったのだ。

彼女にそう言われて物凄く嬉しかったと同時に、愕然とした。
私は自分に向けられている愛情にすら無知なのだと思った。



小学校の頃、交換日記をしていた女の子がいた。

当時、私は何人もの人と交換日記をしていたのだけれど、何年にもわたって、卒業するまで続いていたのは彼女との日記だけだった。

二人とも、大好きだった漫画を描いたり、好きな男の子のことを書いたり、とても楽しかった。


小学校を卒業してからもしばらくは電話や手紙のやりとりをしていたけれど、だんだん疎遠になり、いつの間にかそれは途絶えてしまっていた。


二十歳になる何か月か前、突然、彼女から手紙が届いた。

その後何度か手紙をやりとりして、、去年、彼女と再会した。
久々に会った彼女は雰囲気のある、とても素敵な人になっていた。

その日は私の誕生日のすぐ後で、一緒に遊びに行くのは8年ぶりくらいだったのに、彼女はプレゼントと手紙をくれた。

手紙には、小学生の頃の彼女にとって私の存在は大きくて、こうして再会できて嬉しい、ということが書いてあった。

嬉しくて泣きそうになった。
それと同時に、やはりショックを受けた。

小学生だった彼女が私のことをそんな風に思っていてくれたなんて、私は少しも知らなかったのだ。

高学年の時、私たちはクラスが違っていたのだけれど、私は親しい友達にさえ、自分から近付いていくということができなくて、日記を持って私のクラスまで足を運んでくれるのは大抵彼女だった。

それなのに、私は自分が彼女の中で大きな位置を占めているなど、夢にも思っていなかったのだ。


そんなことってあるだろうか。
私の知らないところで、誰かが私を想ってる。



小学生の時、私を好きだという男の子がいると、人づてに聞いた。その時、

「知ってた?」

と聞かれた私は、

「うん、知ってた。」

と答えた。

よくもまあ抜け抜けとそんなことが言えたな。

と今では思うけれども、その時は本当に気付いていたのだ。

なぜ気付いていたのかと言われれば、彼の態度で、としか言いようがないけれども、本当に、どうしてそんなことに気付いていたのか今では不思議である。

今なら余程態度で示されなければ気付かないだろう。



それとも私は、気付きたくないのかも知れない。

自分は知らないのだと思いたいのかもしれない。

期待してそれが裏切られれば、傷付いてしまうから。


あたしは目をつぶって、知らない振りをしているのかもしれない。



数日前、高校時代からの友達から、同じ高校だった別の友達に再会したというメールをもらった。
その子は共通の友人で、卒業してしばらくして連絡先がわからなくなっていて、私は寂しく思っていたのだが、友人の話によれば、彼女は携帯を壊してしまい、連絡がとれなくなっていたらしい。

彼女は私のことをとてもよく覚えていて、私のことを「とてもいい子で、大好きだった」と言ってくれていたらしい。


またあたしは、知らなかったのだと思った。
彼女は友達が多そうだし、私のことなど興味が無かったのだと、一人勝手に、そう思っていた。



数え上げたらきりが無い。

大学で同じクラスだった女の子。

私は彼女に嫌われていると思い込んでいたのだけど、あとで友人に聞いたら、本当は私の連絡先を聞きたかったらしかった。
高校の時、いいなと思っていた男の子。

卒業してから一度メールを送ったところ返事が無くて、私のことなんて忘れているのだと思っていたけれど、ずいぶん後になってから、何度も電話をくれた。


その度、私はショックを受ける。
何も知らない自分に。

卑屈になって何も見えなくなる自分に。
そして、これからもまた、それを繰り返すであろう自分に。




あたしは何も知らない。


今、誰かが私を想っていたとしても、
誰かが私を憎んでいたとしても、
そんなこと私は、何一つとして知らないのだ。


私を好きだと言ってくれた人たちだって、今この瞬間に、私のことを嫌いになっているかもしれなくて、

そんなことも1グラムだって知らないし、


同じように、

今この瞬間、私が誰を想っていたとしても、

世界中の誰一人として知らなくて、


そんなことは、あたしだって、知らないのだ。