Half-A-Room -105ページ目

えくぼちゃん

「えくぼちゃん見せて」と小学生の女の子に言われた。


私にはえくぼがあったのだそう言えば。

3年ぶりくらいに思い出した。


昔、チャームポイントは何か、と聞かれたら、えくぼだと答えようと思っていた。

ほかに取りたてて考えつくものがないし、たとえば「口だ」などと答えたとしてもそれは主観でしかなく、どこが?と言われればそれでお終いだ。

その点えくぼなら、あるということが確実で、でも重要な顔の部分というわけではないし、人はそんなに気にしない、だから大して自慢にもならないし、角が立たない、それゆえ反感を買うことも少ないと思われる。

という非常に消極的な理由から、私はそう答えようと決めていた。

しかし問題は、芸能人でもなければ、日常生活において自分のチャームポイントを聞かれる機会などまず皆無だということだ。


唐突に、その女の子はそう言った。

「えくぼちゃん見せて」

ちょっとどきっとした。

彼女のその言い方は可愛くて可笑しかった。

何だか照れくさくて、あたしは鼻の頭がむずむず赤くなるような気がした。

自分の忘れていた秘密を見られたような気がしたのかもしれない。

「えくぼを見せて」ということはつまり「笑って」ってことだ。

面と向かってそんなこと言われたことない。

そんなん唄でしか聞いた事ないよ。

あたしはえへらと笑ってみせた。


可愛い彼女は、

私のことになんか興味のないふりして、こっそりあたしのえくぼなんかみていた。

あたしは彼女のすずしげな一重まぶたをみてた。


小さいころ「えくぼが可愛いわね」とよく褒められた。

といっても主におばあちゃんとかに。

歳の近い人に褒められた記憶はない。

あまりに頻繁に言われたので、それは自分の長所、魅力なのだと信じて疑いもしなかった。

「それはあまり世間的に地位の高い魅力ではない」

そう気づき始めたのはいつの頃だったか。

これまで、えくぼの地位が向上しないかと何度願ったことだろう。

・・・まあそんなには願ってないか。

ともかく現在の日本で、えくぼは確実に隅に追いやられている。

私がいくらチャームポイントはえくぼだと言い張ったところで、人によってはチャームポイントとして認めてすらもらえないかもしれない。


そんなものにすがっているよりも、忘れた方がいい。

誰かがそう言ったので、えくぼのことは忘れることにした。


今ではおばあちゃんですら、私にえくぼがあることなんかすっかりわすれている。


あの小学生の女の子にとってはまだ、えくぼは価値を保っているのだろうか。

あたしはとうに捨ててしまったのに。



「鼻の下にある二本線」とかが目や鼻や口と並んで魅力をアピールできる部位として語られるような社会であれば、私は今よりどれだけ生きやすいことだろう。いろんな意味で。別に鼻の下の線に自信はないけど。

「きりりとクールな鼻の下美人」

「鼻の下の線の彫りが深い男」

などという特集がノンノやアンアンで組まれるようになれば、世界はもうちょっと楽しいかもしれない。

私が生きているうちにはたぶん無理だが、100年後、いや千年後なら或いはもしかしたら。

まあ、そうなったとしても注目されるパーツが移動したというだけで、結局は面白くないかもしれないけど。



わたしに恋をした人は、「えくぼちゃん見せて」と言ってください。

そしたらわたしも、好きになるかもしれません。