P1nK
大学の先輩の卒業制作の映画に出させていただきました。
碧く銀色に光る、世にも幻想的な湖・余呉湖のほとり、ヴィデオカメラの前でタイツを脱ぐ私と、それを息を呑んで見つめる二人の男・・・・・・・・・
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ほとんど人の通らない湖畔、ごみを拾いに来たおばさんは、いったい何を思いわたしたちをみつめていたのだろう。
スカートさえ穿かなかった13歳のわたし。
異性に肩に触れられるのさえ嫌悪していた、17歳のわたし。
わたしはいったいどこまで来てしまったのだらう。
そしてどこへゆくのだらう。
とまあそんなことは置いといて、
朝、集合時間に単独遅刻した筈のわたしは、男3人何故か乗り換えに失敗し、約1時間遅れで到着予定のスタッフをひとり駅で待っていた。
ひとりは全く苦にならないけれど、耳を指を刺す寒さの中で1時間、なぜかわたしはにやにやしていた。
余呉の空気のせいだった。
わたしの頬はゆるみゆるんでゆるみっぱなし、にやけた顔はもとにもどる気配を一向にみせない。
360°どこを見わたしてもだだっ広い世界が拡がって居るだけ。
田畑と民家ととおくには山と、
そして、みずう み 。
その湖を目にうつせば、わたしは口角をもち上げ、頬を持ち上げずにはいられないのだった。
もしかしたら、恋をしたのかもしれなかった。
かつて湖に恋をしたことはなかったと思うけれど――
湖の水を目いっぱい含んだつめたい空気を肺に吸いこんで、私のからだは瞬時に隅々まで潤ってしまったようだった。
その空気は肌にぴったりと吸いついてはなれなかった。
あたしは全身でその空気との出会いを喜んでいた。
かつてこんな空気に出会ったことなどあっただろうか、
この世にこんな空気が存在することなど、考えたこともなかった――。
予期せぬものと出会うとき、わたしはいつも考える、
どうして世界にこんなものがあるのだろう?
どうして今まで出会わなかったのだろう?
――どうして出会ってしまったのか、
決してほしがったりなんかしなかったのに―――
これがあたしの望んでいたもの?
いつでも不意に出会うそれは、
いつもふしぎな かおをしてい る。
わたしはそれに出会うことを、そしてまた、
出会えないことを、
常に おそれているのだ。
岡崎京子の『pink』にはこう書いてあった、
シアワセを おそれるものは
シアワセに、なれない
わたしはいったいなにを
おそれているのだろう?
それは常に 突如おとずれる。
あたしが おそるると
おそれないに かかわらず。
そしてそれはいつも ふしぎなかおを している。
(注・ピンク映画ではありません
・・・たぶん、ね)