えくぼちゃん
「えくぼちゃん見せて」と小学生の女の子に言われた。
私にはえくぼがあったのだそう言えば。
3年ぶりくらいに思い出した。
昔、チャームポイントは何か、と聞かれたら、えくぼだと答えようと思っていた。
ほかに取りたてて考えつくものがないし、たとえば「口だ」などと答えたとしてもそれは主観でしかなく、どこが?と言われればそれでお終いだ。
その点えくぼなら、あるということが確実で、でも重要な顔の部分というわけではないし、人はそんなに気にしない、だから大して自慢にもならないし、角が立たない、それゆえ反感を買うことも少ないと思われる。
という非常に消極的な理由から、私はそう答えようと決めていた。
しかし問題は、芸能人でもなければ、日常生活において自分のチャームポイントを聞かれる機会などまず皆無だということだ。
唐突に、その女の子はそう言った。
「えくぼちゃん見せて」
ちょっとどきっとした。
彼女のその言い方は可愛くて可笑しかった。
何だか照れくさくて、あたしは鼻の頭がむずむず赤くなるような気がした。
自分の忘れていた秘密を見られたような気がしたのかもしれない。
「えくぼを見せて」ということはつまり「笑って」ってことだ。
面と向かってそんなこと言われたことない。
そんなん唄でしか聞いた事ないよ。
あたしはえへらと笑ってみせた。
可愛い彼女は、
私のことになんか興味のないふりして、こっそりあたしのえくぼなんかみていた。
あたしは彼女のすずしげな一重まぶたをみてた。
小さいころ「えくぼが可愛いわね」とよく褒められた。
といっても主におばあちゃんとかに。
歳の近い人に褒められた記憶はない。
あまりに頻繁に言われたので、それは自分の長所、魅力なのだと信じて疑いもしなかった。
「それはあまり世間的に地位の高い魅力ではない」
そう気づき始めたのはいつの頃だったか。
これまで、えくぼの地位が向上しないかと何度願ったことだろう。
・・・まあそんなには願ってないか。
ともかく現在の日本で、えくぼは確実に隅に追いやられている。
私がいくらチャームポイントはえくぼだと言い張ったところで、人によってはチャームポイントとして認めてすらもらえないかもしれない。
そんなものにすがっているよりも、忘れた方がいい。
誰かがそう言ったので、えくぼのことは忘れることにした。
今ではおばあちゃんですら、私にえくぼがあることなんかすっかりわすれている。
あの小学生の女の子にとってはまだ、えくぼは価値を保っているのだろうか。
あたしはとうに捨ててしまったのに。
「鼻の下にある二本線」とかが目や鼻や口と並んで魅力をアピールできる部位として語られるような社会であれば、私は今よりどれだけ生きやすいことだろう。いろんな意味で。別に鼻の下の線に自信はないけど。
「きりりとクールな鼻の下美人」
「鼻の下の線の彫りが深い男」
などという特集がノンノやアンアンで組まれるようになれば、世界はもうちょっと楽しいかもしれない。
私が生きているうちにはたぶん無理だが、100年後、いや千年後なら或いはもしかしたら。
まあ、そうなったとしても注目されるパーツが移動したというだけで、結局は面白くないかもしれないけど。
わたしに恋をした人は、「えくぼちゃん見せて」と言ってください。
そしたらわたしも、好きになるかもしれません。