どうしても訴えたい事があり障害者ポスター週間原画展へ初出展。 | IGS-report

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家で画を描くなんて、考えられなかった!!、でも今回どうしても外へ訴えたい事があったんだ!!

 

今年、区民祭りの準備と並行をしながら、どうしても世の中に言いたい・発信をしたい(訴えたい)事があって、以前から出たかった障害者週間ポスター原画展へ出展をしてみる事にした。

 

区民祭りの準備をしながらなので、どうかな?出来るかな?と心配だったけれど・・・、

今できる精一杯の事↓

(正直、どうしても命懸けで伝えたかった・・・)

最初、立体的にする事は許可が下りるかな?って心配だったけれど、ダメだったら自身の区民祭りで飾ればいいや!!って提出をしてから思っていたら、

他の施設で前所長さんが「利用者で立体的にしたいという人が居るのですが大丈夫ですかね?」と電話で許可を得ているのを目の前で聞いていたので「え?俺と同じ発想をする人が居るんだ?、でも電話の内容では立体的もOKとの事だな、その施設の利用者さんがOKで私が駄目ってこともないだろう、ヨシ、これで大丈夫だ!!」と許可を確信しそこで安堵して・・・

【自身の作品である、外見からは解からなくても・・・】

 

心室中隔欠損症とか心臓に穴が開いている人を表現する為に(下手クソだけど精一杯)心臓を描き、ハサミやカッターで切って5~6芒星穴的にを開け、裏側に黒い紙を貼って、ポスターだから印刷複製にも耐えられるように切って穴を開けた三角形部分をコピー機に当ててもめくれるように、でも原画展で飾った時は立体的になる様に、切り口を微妙に立てておいた。

又「心臓とかに欠損がある場合、他の臓器の欠損もある」との本当に痛かった時に他の臓器を取った病院の医者の言葉で、膵臓部分を半分にし、無い部分を点々で描いて表現。

その取った臓器部分(胆嚢)がある所に、存在する臓器が無い状況も、点々で描いて表現。

1週間しか塗ってはいけないステロイドを、4週間、吸収率41倍の場所に、塗らされ、足の抹消が変色するまで血管がボロボロになっている事も表現。

(生きている血管もあるから、赤とやや紫色で交互にした・・・ただ紫色を持っていなくて、赤と青を混ぜ紫を作っていったが、元来紫色があまり好きでは無いので、これが難しくて・・・紫はストレスが溜まっている時に好む色と言われている、背水の陣だから、いつぶっ倒れてそのまま事切れるか?解からないし、苦しくても、苦しくても、前に進まないとならなくて、ストレスなんて溜めている余裕が無い!!・・・因みに副作用の痕跡である脱色が見付かったが・・・)絵は何年間も痛み続ける(家族が痛む私の口を抑え声を出させない様に・・・←もしかしてこのまま家族に殺されるのでは?って・・アノ時、本当に思った)足の痛みも表現。

その他頸椎の怪我&仕事をし過ぎて擦り減っている骨&頸椎ヘルニアによる首から肩への痛み&ステロイドの副作用で左側が痛くなる事を、雷の様な模様で痛みをを何ヶ所か表現

更に頸椎からなのか?膵臓からなのか?食道ヘルニアからなのか?逆流性食道炎からなのか?同じ体勢や消化液の問題で硬直したり、空腹過ぎて消化液が出過ぎたり、ガスが溜まり過ぎたりすると、激痛になるので(←内臓は鍛えられない!!内臓の硬直の激痛は凄まじいんだ)

整形の医者からは「うちは重症者しか観ないから、巷のクリニックへ行ってくれ」って、鬼の様に↑この状況で・・・

【他、描いていないけれど・・・】

それでも、

喉の奥に出来たデキモノをオペした時に患って1年半社会的に全てを失った局所感染(←人には伝染らないが、切除しないと治らないけれど、喉の奥過ぎて切除出来ず「失敗をすれば2度と話せなくなる」そうだ・・・偶々2度の抗生物質が効いて治ってはいないが、落ち着いている状況・・・過労だと熱が一気に40度近くまで上がって命に関わったり、リンパが腫れたりする)

MRIでは炎症が確認されたが、医療ミスとは絶対認めないし、近くの病院も同業者(や同僚)を庇う。

※慢性疲労症候群(症候炎)で24歳から平熱が7度以上(←凄く怖かったけれど性病とかも含め、病気は全部検査した)だからコロナの頃は、私の症状を知らない病院では信じて貰えず、頭の固い医療従事者だと門前払い(←局所感染を引き起こした所は内部の恥として、外部の医療機関へ本当の事を伝えず、証明をしてはくれない・・・)

胆嚢摘出後、1日に下痢が5回~9回になり、体質的に寝ていないと便秘になる体質なので(寝ると腸が動かず下し、寝ていないと腸が動くので便秘←考えれば当たり前の理論だが膵臓が半分で胆嚢を取ると人とは回数が違う)、下痢が出ないと今度はガス上に上がってきて、マーライオンみたいに嘔吐し搬送される事が2回。

でも、それもオペのせいにはならない。

副作用の血管障碍(「毛細血管拡張症」は一旦血管が拡がって、その反動で血管が縮まり血流が悪くなり・・・、時にはカルシウムの伝達が骨に伝わらず大腿骨骨頭壊死として数年後脆くなった骨が自身の体重を支えられなくなり痛みへ繋がるという・・・当に厚生労働省のHPに出している大腿骨・膝・臀部・腰部の4ヶ所全部が痛かった・・・2年前昔働いていて頸椎の怪我で数ヶ月起き上がれなくなって全てを失い出たPMDAにも報告をしたけれど、主治医が居ないし居ても証明をしてくれないので書けないから、PMDAからのアクションを待つばかり・・・←でも、内部を知っているから・・・厚労省から来ていた部署で1番偉い方が「君は医療に対して本気だった」って・・・←そこまで頑張れたのは医療の専門学校を出た人達も観てきたし、実際、清瀬の医療現場で光り輝く様な崇高な医療現場を観てきたからだった。)も同じだけれど医療裁判なんて起こしたって、取ってしまった臓器は戻ってこない・・・

つくづくサイボーグになりたい、副作用の血管もそうだけれど再生医療とか・・・

口に出来たデキモノを切ったら神経を傷付けられ1ケ月痺れてほぼ話せなくなったとか、

オペの時尿道カテーテルで傷付き4時間に1回ボルタレンを打つ生活を続け(トイレに行く度に痛みで昏倒、オペの痛みともうボロボロだった)、でもベッドの回転数を上げる為に出なければならず、自殺や一家心中寸前まで追い込まれた。

副作用もそうだが何故、調理師にとって大事な口や消化器、障碍があるからって局部ばかり・・・。

区役所の紹介でボロボロの状況で福祉施設へ辿り着いたら、【何故か】少ない身体障碍の人達が世の中に対して、モノ凄く気を付けていた・・・!!

もっと他の事もあるけれど、全部は書いていない。

世の中には身体障碍だけでなく、精神障碍の方や知的障碍の方もおられるから、

「目に映ることだけで判断しないで」

というキャッチフレーズにした事は、健常、障碍問わず一般社会でも同じだと思う。

(「同じ」というか「必要」というか・・・←こういう時、頭の良い精神障碍の方なら、パッと突き刺さる様な言葉が出てくるんだろうな・・・精神が壊れるまで勉強や制作を出来るだけのフィジカルが僕等には物理的に無い・・・)

でも目に映る障碍の子達の事も忘れない為にも、当事者とその周囲の方々の許可を頂き、実際に使っているオーダーメイドの車椅子をモデルに車椅子もキチンと描いておいた。

「忘れないよ」って本当は書こうと思ったが、区民祭りの準備も含め、その体力・時間共に私には残されていなかった。

(重症化し易く、いくら鍛えても限度ってあって、やはり弱いんだよ・・・でも副作用で血管とかが死ぬと一般人と同じ様に痛いんだよ!!!)

結構重い障害だと、通常の皆がイメージをする自走式(←車輪が大きく当事者自身で車輪を回して進める種類)の車椅子と違うんだ、昨年、足を動かし続けている方が血流が流れるから、少しでも出版社に居た頃を思い出して国際展示場(ビッグサイト)へ取材に行った「国際福祉機器展」では、記事にもしたが、オーダーメイド等の技術の進歩が市販へ流れ・拡がるという、まるでF1の技術が一般車へ適応されていく様な図式にも近いと教わったし、私も同じ様に感じた。

それと同じで大事なんだ。

大事な事だから繰り返しこの記事でも書くが、この活動を始めた頃にNPOさんから教えて頂いた、柳澤桂子さんという生物学者の1/4理論という研究結果があり、障碍者が居ないと人類は発展が無く維持も出来ないという事を日々目の当たりにしている。

私達の知っている車椅子が車椅子だけではない。

・車輪の大きい自走式

・車輪が小さい為、介助者が押し易い介助式(型)

とか名称もある。

(電動は電動で、又、別の様だ・・・今度詳しい人から学ぼうと思う・・・)

 

車椅子の方はモデルがおられたので、私の中で本当に極限までこだわって、新宿の世界堂にまで足を運び、(学童用だけれど)銀色の絵の具を買ってきて、描いてみた。

(お母さんが娘さんに託した女の子らしくという事で赤い、クッションとかそれを支える骨組みとかも・・・でも私は文章の人なので・・・絵は苦手で・・・←それでも絵に詳しい方々達が「特にこの車椅子は緻密」「心臓の穴のアイデアも良い」と皆同じ所を称賛して下さった・・・伝わるのかな・・・?)

とにかく、今回のテーマは「心のバリアフリー」だし、この文言を伝えたかった。

絶対に障碍の世界だけではなく(たとえば企業のオフィスや組織とか日常でも)必要な事だと思うし、様々な社会経験で学んできた。

(勿論、まだまだ私の眼は、見る眼が乏しいが・・・)

大賞や佳作の方々は表面(←それは良いんだ・・・出来れば裏にも飾ってある事を表示して欲しかった

 

俺のは裏側の1番下、か・・・別にいい、けど・・・

(赤阪区民センターで飾られた時は行けなかったが、どんな飾られ方をしていたのだろう?、ヤハリ見ヅライ場所だったのだろうか?)

 

1番下の1番奥かー、(なんか付け足しみたいだなー、それとも赤阪→芝浦→区役所で多少順番は公平に変えてくれるのだろうか?

三障碍の当事者さん達はワリと「いいよ、これ!!」(←この意見が1番多かった!!)

「【心のバリアフリー】というテーマに適しているよ!」とワリと口々に

どの障碍者施設でも言って下さり、

逆に自身の障碍に向き合いたくない人や、絵に詳しい人は、結構批判的で、技術的な事を凄く指摘してくる。

(そりゃ、文字の人間だから、画は苦手なのだもの・・・でも、訴えたかったし、内部障碍にとって本当に必要な事なんだ!!)

私が迷惑ばかりかけている批判的な家族は、当然粗探しばかりをする・・・(じゃぁ、自分が書いて提出をしてみろよ?)って。

ヤハリ、絵の感想って、その自身の置かれた状況や気持ち、育まれた環境によって、違うんだろうな・・・。

(国語の感想文と同じか、そういや学生の頃だったかな「この小説を読んだ、アナタの感想を(皆の前で)言え」と言われ「僕はここに着目をし、こう思った」と言ったら「その感想は違う」と教師に言われたな、流石に反抗し言い合いになって、それだけは1歩も引かなかったけれど・・・)

 最初、障碍者だと入社5分で会議室に連れ込まれシメられたり、上司がミスをすると、その腹いせにいつも会議室でネチネチやられたり、仕事を使ったイタズラで救急車送りにされたりもあるから、

「会議室(や人の観ていない所で)叩かないで、又はシメ上げないで」というイメージの画にしようと10年近く思ってきたが、

・目の前の机を蹴られミゾオチに入れられたり、

・同僚を喜ばす為に裸に剝かれ鞭で打たれる企画を検討されたり(←現場の人達が円陣を組んで下さり「アナタに今い居なくなられると困る、でも人として嫌な事は断ってもいいんだよ」と口々に言って下さり、皆様にお別れのお礼を言って、親の死に目に会えない刑務所覚悟でその案を出した「空手をやっている」と自分で言う奴を呼び出し、先ずは口で逆にシメ上げたら、同じ悪い仲間のもっと上の上司を俺に売って難を逃れたけれど・・・イザとなったら仲間すら売るとかホント、キタネーし!!!)

・真面目に仕事をしている時、後ろからレスラーみたいな人にペン程度で殴られるとかは、まだいいんだ、「(エスカレートすると思ったから)、組み合った時絶対に首を絞められると負けるからネクタイを外し、両ポケットに詰められるだけの刃物を詰めて)、〇長、暴力はやめましょうや」とレスラーみたいな上司に向かって行って二度と暴力を振るわせない様にしたり(←その時は男同士話し合いで解決出来た、逆に真面目そうな人で嘘を吐いて隠れた所でネチネチやる方が問題だった・・・だから「目に映る事だけが~」が大事になってくる訳で・・・)。

・でも国に提出をする数字の捏造強要とか、断れない障碍者の方や派遣さん・契約社員さん・新人さんとか居ると思う。。。

(俺は、最初のネクタイをする職場で正義や倫理『みたいなもの』を教わったので、そこが自分にとって大学代わりだったから、昼休みを潰して1時間闘って断り止め続け、結果再雇用の普段温厚な高齢者が「国を裏切る様な真似してんじゃねー!!」って上司を怒鳴り付け、止めて下さったけれど・・・普通なら断れないよな・・・今後、こういう気骨のある高齢者が居なくなる、どういう世の中なんだよ・・・)

(又何時変わるか解からないけれど)現時点でのスポーツセンターのバスの時刻表↓。

芝港南ルートと

芝ルート

の2つがあるのな・・・よく知らなかった!!

田町駅に行く方と、三田駅へ行く方では違うという事も。

(↑私は現実的というか『即物的』なんだよ、そういう人が画を描くモノでもないのかもなー)

  

赤阪と、港パーク芝浦での展示は終わってしまったけれど・・・

・赤阪区民センター

11/1~11/12

・港パーク芝浦

11/15~12/3

※明日から、みなと区役所1Fロビーで・・・

12月5日ー8日までの(←あまりにも短い)4日間展示される予定。

毎年12月3日~12月9日までの1週間は『障碍者週間』というのは解かるが、多くの人が「区役所こそ長く飾って欲しいのに」って意見が私の周りでは散見された。

(せめて4日の月曜日から展示をして欲しいか、伸ばして欲しい!!!)

 

何故、区役所が1番短い期間なのだろう・・・

(区民祭りでは区長が福祉ゾーンに来て全ブースを回って下さったのに)

 

でも、昨年の区民祭りで30人に1人ぐらいの割合で「いや障碍はちょっと・・・」とか(←何故福祉ゾーンの俺のブースに???でも、そういう人達と本当によく話し、意見交換も出来た!!)、色々反対意見もあるかもしれないが、ここでも色々表れている・・・

 

『人は行動で語る』、←昔部下ではないが、私から仕事を流していた人に、この言葉を贈った事がある、

私より超(完璧主義の)秀才なのだが、この言葉を教える大人が周りに居なかった為、

聞いた事をそのまま、

目に映った事をそのまま、

受け取り振り回される事は危険だから、この言葉を贈ったら、

もう十数年も前の事だから正確な言葉は覚えていないが「私は、この言葉で目が覚めました」的な事を言われた事がある。

 

この絵に「説明文を付けたら解かったかもしれない」そう言って下さった方の意見が凄く正しい気がした。


この文章を書いていて、そんな事を身に染みて思う。

 

(明日から展示で間に合わないかもしれないから、雑な文章だけれど・・・)