10月27日は幕末の思想家、吉田松陰先生の命日だ。
そこで東京世田谷区の松陰神社 (松陰先生のお墓がある)と、山口県の萩市では、
同時に「幕末維新祭」が行われた。
そこで松陰神社へ行ってみる事にした。
今回は世田谷線の「松陰神社前」という駅で降りて、
商店街を歩いて松陰神社へ向かう事にした。
様々なお店も出ており、アンズあめ、焼き鳥、牛串焼き、くじ引き、焼きそば、モツ煮込み、お好み焼きの他に、当時は日本人同士なのに敵だった会津の味噌串カツのお店も出店していた。
13時には場所を区役所前(町をあげて協力をしていた。)から↓
松陰先生の弟子である高杉晋作の奇兵隊の行進が行われた。
その後に続いて志士に扮装した町の人達の行進が
萩や当時は敵だった会津の物産展も出ていて、
地ビールや地酒・「萩焼」等の各地の名産品・特産品も結構売れていた。
町は人で満ちていて中々進めなかったぐらい各地から人が集まってきていたし、
松陰先生を奉っている社も列をなしていて、町の人々が一丸となって
盛り上げようとしている姿をこの眼にする事が出来た。
他にも、高杉晋作資料室室長の一坂太郎氏の講演会なども行われ、
幕末好きにはたまらない地域活性化だった。
様々な食べ物屋も出店していて幕末好きに限らず、楽しめるお祭りという感じだったが、
きっと、来場者や参加をしている子供達に、吉田松陰先生の「志」は語り継がれ、
教育方針は「言霊」として次世代に伝わっていくだろうと思わされる地域活性化の一貫を垣間見れた。
偶々、若林~松陰神社前の地域は吉田松陰という町の人々の心を1つにする象徴があったが、
そういう象徴が無い地域もあることだろう。
その土地にはその土地の良さ(星がキレイとか)、新しい名産を作り出すとか、そういう例があっても良いと思う。
とにかく吉田松陰先生の人の心をまとめあげる力には驚愕した。
そんな事を感じさせてくれる地域活性化だった。
身分や貧富の差に関係なく誰でも入塾出来た松陰先生の「松下村塾」の教育の目的は、
・「君臣の義」(君主と臣下の間で守るべき正しい道)
・「華夷(かい)の弁」(日本と外国の違いを明確にすること)
・「奇傑非常(きけつひじょう)の人」(人並み外れた優秀な人材)
を育むこと。でした。




























