媒体を発行 | IGS-report

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未来の為になる取材やイベント活動を行うメディアを目指して活動しております。

  少し前の事になりますが、2011年の11月18日に、ここに書いてきた事以外にも取材してきた事を、タブロイド新聞にして10,000部発行しました。

9,900部を都内に折込、残り100部は自らの足で手渡していきます。

自分の長年の夢だった「世の中の為になるモノを取材して、自分の媒体を造る」と様々な業界の後輩や次世代達に公言してきて、やはり1度口にした事はどんな小さな事であっても死んでも遂行をしなければ、経営者の間では信用が落ちる。そういうことを私は後輩達に伝えてきた。


自分が、言った事を止むを得ない事情で遂行出来ない経営者達を見て、勿論、見捨てる事は無かったけれど、何度か心を傷付けられた様なガッカリとした事があったからだ。そういう同じ想いを次世代の人達に味合わせたくない、そんな気持ちで新聞を作る事が使命になっていた。

   
     
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本当は、これで広告や記事広告を入れて原価をトントンにするか、結果を出すべきだったのかもしれないが、未来の為になるモノや、社会貢献を取材して、商用利用する気は無かった。

(そういうんじゃないんだ。)

社会貢献だけを取材して1銭たりとも儲けてはいけないと思った。


大なり小なりのメディア企業は、家賃と人件費の為にということにして、

権力や広告主・スポンサー側にとって良い記事を書かざるを得ない。

(メディアや出版を生活の基盤にするからいけないんだ)


でも、Media(メディア)は英語のMedium(ミディアム)の複数形でもあるMedia(メディア)からきており、「媒体」「媒介するもの」という意味以外に「中立(又は、公平)」という意味もあり、行政・司法・立法を監視する為の第四権力でなければいけない。


  実際に自分も、後輩達の生活の為に、小さい出版社だったけれど、散々色々な事をやってきた。(休日に港に着いたお客様の荷物を荷降ろししたり、築地の青菓売り場で午前3時からお客様の商品を売ったりして広告や記事広告を頂いたりしました。)

それでも後輩に「eosさんはグレー(灰色)過ぎるっ!!」と言われたけれど、そうしなければ、今、見ているパソコン代も、トイレを使う水道代も、紙媒体を印刷するのも、何処かへ取材に行く交通費も、払えない。

経営者にとったら裏紙1枚からお金だという事を解って欲しかった。


私は、元々が飲食業出身だったから、物を仕入れて→加工して→売る。

頭下げて→皿下げて→皿洗って→やっと100円だ。でもそれは純利益じゃない。

そこには仕入代は勿論、家賃と人件費・光熱費が含まれるんだ。

株や予算等、絵に描いた餅は一切無かった。


だから基本を外さずグレーな事を散々やってきた。(人に迷惑をかける事だけは、意地でも踏み止まってきた。お客様より、自分の組織を説得する方が大変だった)


本当言うと私が1番嘘をつきたくなかったんだ。


だからこそ「メディアがお金の為に記事を書くのではなく、公平であらねばならない」という事がスーッと入ってきた。


今回、それを実践してみようと思った。


ただそれだけの事だ。


  本当は、被災地を取材に行けば良かったのかもしれないが、

「私はHⅡ-Aロケットを取材したい」 と後輩達に公言してきたのと、

その種子島で昨年日本に甚大な被害を及ぼした台風12号・15号に遭ってしまい、もう被災地で活動出来ない身体になってしまった。

又、安易に被災地を取材するのは、果たして駆け出しのメディアがしていいものだろうかと悩みに悩んだ結果、被災地で活動するボランティアさんを紹介しネット等で媒介する のがメディアの役目かなと新聞では触れた部分は決して多くはない事は解っています。


  今回自分で作ってみて、自分で発行する事、細かな神経の使い方等、所詮は今まで私を雇っていた社長の掌の中で、やりたいようにやっていただけだった己に気付いた。

見える世界が、全く違うんだ。


  今後、又作るかどうか、解らないが、次は身体を治して、ある程度復興した未来への希望に繋がる日本の姿を取材・撮影したいな。

その時は、出版社の頃の私と仕事がしたいと言ってくれた仲間達を集めたい。


  出版社を出たのは、自分が企画して休日に行っていたイベントを町興しに持っていく企画が進んでいて、社長を巻き込むと、お金・お金で、町の人々に迷惑がかかるという事・お客様からのヘッドハンティングと、そのお客様の所から定期的に広告を元居た出版社に出し続ければ、内部を知っているし1番効果的な紙媒体の使い方をお客様に提案出来るというのと、なにより継続的に後輩達を食べさせていけるだけの広告をお客様の側から発注出来ると考えたからだった。

(あと、身体をちょっと壊していたというのもあったんだ。今までと同じパフォーマンスは出来ない、それを社長は勘で見抜いていた。でも結果は出し続けた、辞めたのは、社長が目の前で自分の雇った人間=つまり私の同僚の陰口を叩いたからだ。経営者は自分が雇った人間の責任も経営者にある、アンタは私の経営者として失格だよ、上に立つ資格は無いと判断したからだ。)


結局、移動したお客様の側から、お金を出してもらえず(契約書を交わしておけばよかった)、町興しの後、数ヶ月で「これはヤバイ」と思って、別のお客様に雇って頂いたが。


新聞の購読部数を倍にしたのは、私が裏で手引きして、社長が営業を取れた事にしたんだよ。


1年半で休みが7日あったかどうか解らない。

それぐらい仕事が楽しかった。

全てが思った通りになっていった。

自分は天才ではないから馬車馬になるしかなかったんだよね。

あと絵に描いた餅を絶対見なかったのも良かったのかもしれない。

(100円玉の重みを知っていたからだ)


ここまで、出来たのは、仲間達のお陰だ。

どこの職場でも。


  上手くいかなかったら、何かや誰かの責任にしたり、他力本願をしたりせず、3000倍頑張ればいいじゃないか。

  「夢」という言葉は嫌いだ、とても虚ろで、嘘になるかもしれない責任の無い言葉だ。だから代りに「目標」という言葉を使う様にしている。

無駄な事は何も無い、「目標」は「達成」するものだ。

そして、約束は守るものだ。経営者が一度でも口にした事は絶対遂行しなければ小さい事ほど信用が落ちていくというのを散々観てきた。

(色々な業界の後輩達・同期達よ、俺は約束を守ったぞ。)