歌舞伎役者の私、自分の出ております公演では、必ず千穐楽の舞台に

立ってはおりますが、残念ながら出ていない公演を見る事はそう多くはありません。

ましてや 千穐楽となりますとなかなか・・・

 

したがいまして、現在もそうだとは言い切れませんが、

昔は千穐楽に限り舞台上でお話に影響がなければ 少しくらいのお遊びは

許されていた時代がありました。


例えば、『仮名手本忠臣蔵』の討ち入りの場面で普段は登場しない役者さんが
ごちそう(特別に・・・と云う意味)で千穐楽だけあるお役で登場して
立ち回りに参加するとか、花道に申し次だけで登場する名題下さんの替りに
幹部さんが登場して来るとか・・・。

こう云った事は何回もご覧になられたお客様だけが違いの分かる
所謂、洒落の一つで歌舞伎の千穐楽の楽しみでもありました。


千穐楽の話からは少しずれますが、昔は熊本に限り『仮名手本忠臣蔵』の
討ち入りの場面に鎧を着て槍を持った「加藤清正」が登場して
「やあやあ、我こそは加藤清正なり・・・邪魔するものは容赦はせぬぞ」
などと名乗り上げて立ち去ったそうです。

忠臣蔵には関係ないのにそれでも地元の英雄である加藤清正の登場に
お客様は大喜びだったそうです。


最近はそう云った洒落事も段々通じず自粛の傾向にあるので
あまりできなくなりましたが・・・。


先日、尾上菊五郎さんの襲名披露の話題が出たのでここで洒落のエピソードを一つ。

1987年1月浅草公会堂での公演の時です。

演目は昼夜同一狂言で十二代目團十郎さんの「高時」と九代目三津五郎さんの「茶壷」
そして團十郎さんと菊五郎さんの「神明恵和合取組 め組の喧嘩」でした。
私は「高時」の烏天狗と「め組の喧嘩」の相撲取りに出ておりました。

「高時」には菊五郎さんは出ておられませんでしたが、千穐楽の日の事です。

序幕の北条家門前の場で登場する駕籠に乗ったお犬様はいつもは子役さんが
犬のぬいぐるみを着て座っていたのですが、千穐楽には菊五郎さんが
犬のぬいぐるみを着られ駕籠の中で胡坐をかいて後ろ向きに座っておられました(笑)

お客様はまさかお犬様が菊五郎さんとはご存じなく、そう云うものだろうと
気にせず見ておられましたが、序幕に登場する役者さんはみんなびっくり・・・。

でもお芝居は何事もなく続けなければなりません
舞台に出ている人は知らなかったと思いますが、出番がずれている人たちの間では

「菊五郎さん出るらしいよ~(笑)」と 噂が楽屋にさざ波の様に広がります。

 

これは見なくちゃ!と 袖からは私も含めみんながどんな反応をするかと興味深々。

團十郎さんまで袖から面白そうに見ておられました(笑)

見た事は覚えているのですが、どんな反応だったのかは 正直覚えておりません

みんなおそらく心の中で「ぎょっ」としていたのでしょうね。

客席はどうだったのでしょうね、でっかい犬やなあ と思っていたでしょうか(笑)

37年も前の事ですが、みんな大らかな気持ちだったのでしょうね。



菊五郎さんはそれ以外でもけっこう洒落っ気のある方で役者さんたちも
千穐楽など楽しみにしていたものです。

今はそう云った遊びの部分も少なくなって来てさびしい事ですが
これはこれで楽しい時代でした。

 

 

私も『ワンピース』の公演時には、普段はインペルダウンの場面、こっそり囚人で

参加していたのですが、千穐楽にはクロコダイルで出ましたっけ。

そう云えば、千穐楽は普段見ない囚人もたくさん混ざっていましたね(笑)

 

もちろん、過度な受け狙いなど、してはいけない事もありますが、

私は千穐楽スペシャルのひと言を云うのが結構好きでした。

 

と、この内容のブログを読んだ家人が『助太刀屋助六』で「メリークリスマス」

って云ったり、『ヤマトタケル』の尾張国造で「じぇじぇ」って云ったり,

『ワンピース』では幕開きのディスコでもなんか言っていなかったっけ。と(笑)

 

あ、言ってましたね、よく覚えているなあ(笑)


残念なことに最近はそう云った事を云えるお役に当たらないのですが・・・

千穐楽に来られた方のみが 見られる・・・かも知れない「生の舞台」

ならではの お遊びです。