●1988年11月 大阪新歌舞伎座●
極付から4年、いよいよ「獨道中五十三驛」は関西に。
自然薯の三吉実は丹波与八郎・お三実は猫の怪・丁稚長吉・
信濃屋娘お半・芸者雪野・お絹・弁天小僧菊之助・
土手の道哲・母お繁・鳶頭政吉・雷・船頭・鬼門の鬼兵衛・
お六・丹波与八郎
(歌舞伎データベースより)
旦那は14役です。
データベース上では、丹波与八郎が二回出ているのかな?
「新版」と銘打った公演でした。
私は仲居役で名前があります。
この時は、忠臣蔵の七段目の様な場面がありました。
場面で見ますと、多分「駿府二丁目揚屋井筒」となっている
部分だと思います。
錦之助さんが中間逸平で、雲助のなりで出てきて、
それに絡む仲居でした。
後は恒例の江戸兵衛の吹替え。
この時には「他」と自分では書いていないのですが・・・
もうわかりません(笑)そればっかりですね(笑)
この折りの思い出は・・・
昼の部が「義経千本桜 忠信編」で夜の部が「獨道中五十三驛」
舞台稽古の時に、猫化けの屋台をせり上げた時に手違いで
昼の部の「蔵王堂」の舞台を貫いてしまい壊してしまいました。
私は確かその場にはいなかったと思います。
どこにいたのかは覚えておりませんが、普段のお稽古では聞いたことの
ないような「ががぁ~!!!」という音がしてびっくりした記憶があります。
明日が初日、目の前に迫っております。
実はこの時には皆、内心で「これは明日までに修理は無理だな」
と思っておりましたが大道具さんが徹夜の突貫作業で
なんとか間に合わせてくれました。
これには驚きましたね、初日の幕は無事に開きました。
今でこそ、休演というのは、コロナしかり台風しかり。
経験はしておりますが、この当時には「休演」なんてものは
ありえないもの、あってはならないもの、あるはずがないものでした。
誰もがその意識でいたのですが、それでも「明日は舞台開かないかも」
と思ってしまいましたので、よほどのことだったのでしょうね。
初日開いてよかったです。本当に。
それとこの公演中の夜中に京都まで行きお正月放送の
「必殺仕事人」の撮影があった事もいい思い出です。