眼が覚めた。記憶が曖昧だ。自分がどこにいるのかうまく思いだせない。頭の中に靄がかかり、思いだそうとするとよりいっそう靄が濃くなる。私は諦めて脳ではなく、体を動かそうとして気づいた。動かせない。正確には感覚がない。寒いのか熱いのか何も感じない。そこで聴覚も作用していない事に気づく。呼吸も心なしかしづらい。何だこれは。焦りが生じ始める。落ちつけ。これは夢だ。まだ夢の中にいるんだ。よく聞くじゃないか。起きたと思ったら夢の中で、何度も何度もその繰り返し。小さい頃にはよくあった。きっとそれだ。眼を開けてみよう。ゆっくりと。感覚はないが眼を動かすイメージでゆっくり眼を開けてみよう。真っ暗だ。眼がみえてないのか、この場所が真っ暗なのか。とにかくこの場が真っ暗だということにしよう。しかし、いくら暗くてもここまで真っ暗だということはないだろう。何も見えず、何も聞こえず、無臭で無感覚。考えると怖い。ここまで恐怖を感じるものなのか。自分と言う存在があやふやになってくる。一つの疑問が私の頭に浮かびあがる。私は死んだのか?いや、そんなはずない。いや、そんなはずがないはずもない。そもそも死んだ後のことなんて知らない。死んだら意識だけが永遠と今の自分のように残るのかもしれない。時間の感覚はこの空間ではないのかもしれない。空間という概念すらないのかもしれない。しかし、意識があるということは何かしらのルールは存在するはずだ。始まりがあれば終わりもあるものだ。生きれば死ぬように。ルールという概念すら存在しないのか、しか、ルールがないと秩序が守られない。各々が好きなように動きカオスになるだろう。秩序すら存在しないのか。だが、秩序が存在しない世界に私の意識だけが存在するはずがない。自分で言うのもあれだが、私は・・・・私は何だ。何も思いだせない。私は誰だ・・・
どれぐらい時間が経ったのだろう。だれぐらいこうやっていたのだろう。数秒のようにも感じるし、何十年のようにも感じる。疲れたという概念さえ存在しない。私はもしかしたら生前そうとう人の道を外れた行ないをしたのかもしれない。ここは地獄なのかもしれない。私はもう死んでいるのだ。そう考えることしかできないし、それが答えである気がする。未練はない。なにも思いだせないのだから、すべてを受け入れるしかない。
「お主はまだ死んではないぞ。時間を見方につけろ」
不意に声が聞こえた。正確には聞こえた気がした。とても低く、しびれる声だ。ハードボイル作品に出ていそうな、ダンディな人を言葉から想像できる。幻聴でもこのさい驚かない。むしろ大歓迎だ。孤独でいるのにいささか疲れてきた。自分が創りだしている幻聴かも知れないがこの際、なんだもいい。会話相手が居るのは素晴らしいことだ。私はまたその幻聴が聞こえることだけを楽しみにしている。遠足の前日に明日晴れるようにとお願いする子供のように。
「お主はまだ死んではないぞ。時間を見方につけろ」
また聞こえた。今度は待ち構えていた分、もっとはっきり聞こえた気がする。”時間を見方につけろ”?どういうことだろう。この世界にには時間は存在するのか。
「時間は存在する。ただ流れ方やとらえ方がお主の概念と違うだけだ」
「あなたはだれですか?」
「お主はまず声を思いだす」
先ほどの響きが自分の声だ認識するのにしばらく時間がかかった。
「これは私の声ですか?」
「ここには今はお主と吾輩しかおらん。正確のは吾輩はここにはおらぬが。そして、正確にはその声は吾輩の声ではない」
なら普通に考えてこれは私の声だ。簡単な引き算だ。誰にだってわかる。これは私の声だ。分かったことが妙に嬉しかった。
「これは私の声だ」
「お主のだ」
「私は声を手に入れたんだ」
「正確には思いだしたんだ。お主はこれからもっといろんなものを思い出し、取り返す。安心せい。そのために吾輩がおる」
「だがここにはいない。」
「おらん」
「ではどこにいるのですか」
「ここではないところじゃ」
それはそうだと私は思った。そんなことは分かっている。だから質問したのだ。馬鹿にしているのか。からかわれているのか。しかし、声の響きがいたって真剣だ。むしろ自信すら感じる。
「物語には必ず始まりがある。そして終わりもつきものだ。子宮に精子が届いたときから話は始まっている。自由に構成されているようで、すべては巧妙にしくまれて構成されている。お主がこのような状況になっているのも子宮の中にいたころから決まっていたことだ。始まりはここに。そこに。あこに。どこからともなく。日々産まれている。運命論に身をませるのは時として心を楽できる。それは析ん転嫁をしているからだ。悪いのは自分じゃない。すべてきまっていたことだったんだと。そう考えること自体どういうこともないが。これはそんな運命論とかではなく。もっとでかいスケールの話だ。人間の考えた言葉という道具を使ってだと”運命論”という表現が一番適しているのかもしれないが、お主には分かっていてほしい。人間の発明した道具では到底表現できないスケールのでかいことだということを」
こちらが考える隙もなく、この声の主は話し続ける。いきなりだ。まったくもっていきなりだ。どこから片づけは閉めたらいいのかわからないぐらい、私の頭の中はちらばっている。
「でもあなたはわたしの為にわざわざ人間の言葉を使って私にそのことを伝えている?」
「そうじゃ」
「わたしのために」
「そうじゃ」
ここで私が今もっと疑問に思ったことを聞いてみる
「なぜ?」
「そうすべきだからじゃ」
「なぜ?そうすべきなのですか?」
「そうすべきだと決まっていなかったからだ」
この声の主が少しづつ自分に近づいてきているように感じる。すぐそこから声が聞こえるように感じる。
「そうすべきと決まっていなかったから?」
「そうじゃ」
余計に分からなくなる。一つの質問対しての答えから、さらに疑問が枝のように増えていく。
そうすべきと決まっていなかったらこうすべき。と言うことはこ声の主はなにか予期せぬ事を起こそうとしているのか。シナリオを無理やりとかえようとしているのか。それともシナリオ変えることがこの声の主のシナリオなのか。この声の主は何かにあらがっているのか、しかれたレールの上を、与えれた役割をきっちりこなしているのか。どちらかでありどちらでもないのかもしれない。そんなことどうでもいいのかもしれない。不思議なことに私はこの声の主を信用しようとしている。私に仲間だとすら感じている。闇に現れた救世主みたいだ。