夢を見た。
長い長い夢だ。
お世辞にもいい夢だっとは言えない。
敢えて区別するとすれば『悪夢』に部類されるだろう。
なんたって朝からこんな嫌な気分にならなければならないんだ。
ベットから起きる気力すら失せる。
時間は今8:30分を過ぎた。
予定は午後からだから寝ることもできる。が、頭がそれを拒否している。
しかたない。起きるか。
間宮融は、けだるい体に鞭を打つように、むりやり動かした。
この体の支配主は自分だと改めて実感する。
悪くない。思うがままだ。
「ざまーみやがれ」と心の中で呟いた。
2人の幼馴染だ。
一緒にサッカーをしている。
自分も含めみんな楽しそうだ。
まだ男、女を意識する前の小さな子供だ。
幼馴染2人はかわいい。
学校でも人気があった。
家が近いと言うだけで、仲良くなれたのはラッキーとしか言えないだろう。
みんなから
「いいなあの2人と仲が良くて」
とか
「家が近いとか羨ましすぎる。かわってくれよ」
と言われることが誇りでもあり、生きがいでもあり、自分はすごいんだと錯覚できるぐらいには充分だった。
あの2人と何気ない顔で話をすること、当たり前のように挨拶をかわすこと、幼馴染に行為をよせる友達に相談されること、それが自分のすべてであり、自分をどこかの王様のような気分にさせてくれていた。
相談を受けながらも、決してうまくいくようにはしむけない。
こいつじゃ無理だろうなと一歩引いたところから笑っていた。
せいぜい振られて学生の青春話としておもしろ可笑しく話せるようになればいいなと、純粋に思っていた。
心からそう思っていた。
あの当時は、そう思うことが当然のように思い、悪い気持など微塵も感じていなかった。
なんたって俺様は相談にのってあげている。
王様が貴重な時間を費やして自らそこまでしているのだ。むしろもっと感謝されるべきだとすら感じていた。
子供とは純粋なものだ。
損得なしに付き合うことができる。
年が近いから、家が近いからという理由で、仲良くなれる。
地域のお祭りやイベントで会うたびに結束力を覚えて一緒に頑張ろうねとなる。
大人になったらそれはできないだろう。
馴れ馴れしく話しかけてくる奴にはなにか裏があるんじゃないかと疑ったり、その場しのぎの社交辞令で済ますことが多い。
今、考えると、
子供だったからこそ幼馴染ふたりと仲良くなれた。
と、確信できる。
自分にも確実にそんな時は存在し、幼馴染にも存在した。
誰しもみんな子供時代はあった。
一緒にサッカーをしていた小さい頃の思い出
それだけならば楽しい思い出だ。
だが、
今思い返すとそこに必ず両親同士の視線がある。
顔は笑っているが、心の中では笑っていない。
子供は純粋な分、嘘を見抜くのも鋭い。
そして、
空気と言うものを読む必要性すら感じていない。
僕は尋ねる
「どうして無理やり笑っているの?」
場が一瞬凍りつく
「何を言っているの融?、時々この子は変なことを言うんだからと困ってます」
と
また嘘の笑顔が産まれる。
子供の好奇心は簡単に消えるものではない。
それに否定されると余計に知りたくなるものだ。
一種の勝負に似た、絶対に暴いてやると子供心を燃やす。
「ねぇねぇどうして。仲のいい振りをしているの。今の嘘笑いだよね。僕わかるんだ。凄いか
ら。ねぇねぇねぇねぇどうして?」
「融、黙りなさい」
母が顔を真っ赤して言う。
これはまぎれもなく怒っている。
どうして怒っているのかがわからない。
「どおして怒っているの?気まずい事があればちゃんと話し合って謝って解決すればいいじゃない。いつも僕にはそう言っているのに。なんでそうしな・・」
左頬に衝撃が走る。
なにが起こったのか一瞬わからない。
顔をみやげて、はたかれたのだと気づく。
どうして僕は叩かれたのか。
なにか間違ったことをいったのだろうか。
ただ純粋に親同士仲良くなってほしいとおもっただけなのに。
わけのわからない状態と、激怒している母の姿をみて、頬に徐々に痛みが伝わってくる。
そして
僕は泣いた。
この気持ちを言葉で表現することができなくて泣くことによりすべてを消化しようとした。
僕は母にかかえられ、家に連れてかれる。
そんな僕を見る幼馴染2人と、2人の両親。
そんな目で見るな。
なんだあの目は。
そんな目で見るな。
そんな目で見るな。
ゴンッとコップをテーブルに置く。
嫌な思い出だ。
口の中が苦いのは今飲んだコーヒーの味のせいだけではないだろう。
どうしてこうもこの思い出は根強く残るのか。
まるで雑草だ。
抜いても抜いても必ずまた育つ。
根本的なところから取り除かないとダメなんだ。
そうはいってもすでに心の中のあらゆるところにこの根っこは存在する。簡単には取り除けないだろう。
「ふぅ~」とため息をついてソファーに腰を下ろす。
「静かだ」と心の中で思う。
心の中はざわついていても、心の外側は静かだ。
家にテレビはない。
メディアが大っ嫌いなのだ。
聞いているだけで寿命が削られていく気がする。
いや、
心が腐っていくと表現した方がいいか。
まぁどちらでもいい。
良い印象がないというのは確かだ。
高校を卒業し、大学にいって独り暮らしを始めてから、社会人になって、25歳になった今日までテレビなしで生きている。
きっとこれからもそうだろう。
なくても生きられないわけじゃない。
とりあえずこれまではテレビなしでなに不自由なく生きてきた。
毎日誰かが死んだニュース
選ばれた顔で綺麗に整っているアナウンサー
創られた娯楽
お涙頂戴の作品
すべてが気に食わない
第一、朝の貴重な時間をなぜ誰かが殺されたというニュースを見ながら過さないといけないのか。
みんな感覚がマヒしているんじゃないのか。
誰かが殺されたんだぞ。
よくそんなニュースを見ながら、眠い目をこすって朝食を食べることができるもんだ。何も感じないのか?それこそメディア操作されている。もっと危機感を持つべきだ。
人の手に創られたメディアなんて100%信用しちゃいけない。むしろ疑うべきだ。
ほんとにそうなのか。
なぜそうなったのか。
なぜ今このニュースを流すのか。
あのニュースはなぜあんなにも取り上げられていたのに、今ではすっかり放送されていないのか。
あの画面の向こう側は大人の嘘の塊だ。
テレビを見ると必ず思い出す、あの視線。
そんな目で見るな。
思考が飛び過ぎている。
朝から散乱しすぎだ。きっと悪夢を見たせいだろう。
テレビの事を考えただけでここまでなるんだ。テレビがもしこの部屋に存在したらいったい何日壊せずに我慢できるだろうか。
3日持てばいい方だろう。
右手でコーヒーカップを持ち、ぬるくなって湯気のたたなくなったコ中身を眺める。
濁んでいる。
いや、
どよんでいると表現した方がいいか。
『どよむ』という日本語が存在しているかどうかはわからないが、このどよんでいるが一番しっくりくる。
コーヒーが渦巻くように、ワインをたしなむ時のようにコーヒーカップを回してみる。
そしてまた眺める。
「静かだ」とまた心のなかで感じる。
穏やかな時の流れと、どよんで渦をまく苦いコーヒー。
特にコーヒーが好きでも、詳しいわけでもない。
ブラックのコーヒーを飲むことで、眠気がさめるからという理由で大学時代から飲み始めただけだ。
未だにおしいいコーヒーと言うものがわからないし、苦いとも毎回思う。
ただおいしいコーヒーを飲みたいわけでもない。
自分にはこの苦いコーヒーで十分だ。
毎朝、お湯を沸かしてこのコーヒーを飲むことが一種の、ルーティンになっている。
決まりごとのようなものだ。
朝は貴重な時間だ。なるべく静かに暮らしたい。
テーブルには赤いペンが数本転がっている。
いつからかは思い出せないが、自分は赤いペンが好きだ。
まだ持ってない赤いペンを見つけるとつい買ってしまう。
見方によってはこれは趣味なのかもしれない。
『どよんだコーヒーと、静かな朝と、赤いペン』
心の中でまるで呪文のように唱えてみる。
なにがなんだかわからないが、そこに繋がりをみつけようと試みる。
『どよんだコーヒーと、静かな朝と、赤いペン』
もう一度唱えてみる。
思考が勢いをつけて頭の中で飛躍するのを感じる。
『人生とはなんなのか?自分の存在意義?人とは?生きることに執着する意味とは?』
そして
『どよんだコーヒーと、静かな朝と、赤いペン』
まったく繋がりがなくように見えて、これがすべてのようにも思える。
また始まった。
すべてに意味を持たせようとするのは自分の悪い癖なのかもしれない。
「意味のないところに意味を見出すのが人生だ。考えても答えが出ないような問いには、自分に都合のいいように解釈すればいい。わかるときにはわかる。わからない時にはわからない。すべてタイミングが大事なんだ。でも、ここが重要だ。すべてを理解しようとするな。理解できないからこそ楽しめるんだ。何もわからない自分を誇りに思え」
かつて大学の教授が言っていた言葉だ。
一字一句正確には覚えていないが、このようなことを言っていた。
わかるようでわからない。
わかりたいようでわかりたくない。
まぁ教授の言葉を借りれば、このわからない状態のままでいいのだろう。
その時がくれば分かるようになるのだ。
すべてはタイミング
でもわからない今だからこそ楽しめるのだろう。
教授はわからないことを楽しめ、むしろそれを誇りに思えとすら言っていた。
その当時の僕にとってはまったく新しい考え方で、衝撃を受けたのは確かだ。
そして、彼に興味をもったのも確かだ。
その教授はその当時、大学に移動してきたばかりで来期から自身の講義をもつということだった。
今回は、会議で出れなくなった講師の代わりに臨時で講義を受け持っただけだった。
僕はすぐに先生の名前をノートのきりはしにメモをし、その日家に帰ったあと、大学のホームページを開き、先生の名前を入力して、検索して調べた。