今日は日本語補習校 中等部の卒業式、
我々としては非常に大きな日です。
ただ、私はこの卒業式に行くのが辛く、正直行くのが怖い気持ちさえありました。
というのは、我々にとってはこの卒業式は、「巣立ちの日」というより「別れの日」だからです。
これがもし、うちの子が4月からまた高等部に進学して補習校を続けられるならば、この卒業式は単なるステップアップの機会であり、
ただただ嬉しくて感動的な卒業式だと感じられたと思いますが、
高等部には進めなかったため、これが我々にとっては最後の補習校です。
小学3年生の時から入って、6年間やってきて、
私などはただの一父兄ではありますが、中3の子たちは全員顔と名前を憶えており、特に男子の子たちは全員と1:1で話をしたり、バレーボール練習をしたことがありました。
正直、私自身が、あの子たちと別れるのが辛いのです。
そして、うちの奥さんなどはPTAの中でも中心的存在でした。
彼女は、PTAの枠を超えて、補習校のコミュニティを大変大事にしており、私以上というか、私とは比較にならないほど高いレベルで補習校にかかわっていました。
・・口にこそ出しませんが、私よりもずっと寂しい気持ちを持っていると思います。
そしてうちの子にとっても、一番重要な「所属集団」は現地校ではなく、補習校の友達でしたから、
もちろん補習校に行かなくともきっと友達としてのつながりは続くとは思われるものの、
私やうちの奥さんとは別次元の、リアルなショックを抱えていると思います。
・・したがって、今日を最後に補習校を去る我々にとっては、今日の卒業式はまさに「別れの日」、下手をすると私は臆面もなく大泣きしてしまうかも知れません。
それでももちろん行かないわけにはいきませんので、
3年に一回くらいしか着ないスーツを着て、雪の残る道を学校へと向かいました。

しかし、会場について、羽織袴やスーツ姿で清々しい顔をして会場にやってくる子供たちを見たり、
普段と変わらず声をかけてくださる同学年の父兄の皆さんと話をしたりしているうちに、
素直に うちの子が無事に中学部を卒業できることを喜び、
今日卒業していく子供たちに、本当によく頑張った と言いたい気持ちで満たされていきました。


<今回も、日本の国歌とアメリカの国歌の両方が斉唱されるところから始まりました>
卒業証書授与の時のうちの子の立ち振る舞いは、立派なものでした。

また、子供たちの「答辞」や「送辞」が素晴らしすぎて、
私は不覚にも、「別れの辛さ」で泣く前に、その素晴らしい話に感動して涙が出てしまいました。

式が終わって各教室へと移動し、担任の先生や教科の先生たちの話を聞いたり、楽しく記念写真を撮ったりしていると、
「別れの辛さ」を感じることは結局ほとんどありませんでした。
・・このアメリカで、本来の現地校に通いつつ、土曜日に日本語補習校に通い、特に中学部からは理科と社会が増えて負担が倍増する中、
日本の中学と同じカリキュラムを4科目こなすのは並大抵のことではありません。
それをやり切って、卒業要件を満たして卒業証書を受けた子供たちは本当に素晴らしいと思います。
うちの子も、正直卒業要件を満たすのはギリギリのラインで、進級時にも大変苦労してきましたが![]()
それでも結果として、日本語補習校中等部 - 卒業 をやり遂げました。
(小学部卒業時の記事)
よく頑張ったと思います。
今後は我々は、いかにして彼の成長のサポートに徹するかを考え、見守っていきたいと思います。