うちの子のクラスメイトの送別会 | 55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

一昔前なら定年を意識する年齢ですが、家族で夢をかなえるために2019年4月に渡米、現地のIT企業のソフトウェア開発部門のエンジニア・PM(プログラムマネージャー)として挑戦しています。

本日は、日本語補習校にて6月いっぱいで退学してしまうというOMGうちの子のクラスメイトの送別会をみんなで行いました。

いつもやっている、土曜日の夕方のバレーボール練習に合わせて、その公園にてピザ&軽食パーティーを行ったのでした。

<その準備のために、うちの奥さんを含むプロジェクトチーム?が多くの時間と労力を割いてくれました>

なお その子は4人家族の長男、サッカーをするために生まれてきたかのようなサッカー少年ですがsmile

この夏からは一人で日本に帰り、(つまり他の家族3人はアメリカに残り、

日本の祖父母の家だったか親戚の家だったかはっきりしませんでしたが、そこに住んで日本の中学3年生として編入し、日本の高校受験を受ける形になるようです。Surprise

中学生で親兄弟と離れて暮らすというのは大変大きな決断だと思いますので、

相当家族の中で深く話し合って決めたことなのだろうと思います。

私はもちろんその深い理由を知りませんし、仮に知っていてもちょっとここに書くことではないと思いますが、

我々としてはとにかく寂しいことです。

うちの子と同じ年代の日本人もしくは日本語を話す子が、我々の周辺に何十人もいるわけではありませんし、

一人一人が大変貴重な存在です。


また、その子は去年くらいまでは私に話しかけたりすることなど全くありませんでしたが(まあそれは普通のこと - クラスメイトの親に話しかけてくれるほど気さくな子供はむしろ少数派かと思います_)、

 

最近はバレーボールの練習の時に私によく話しかけてくれるようになりsmile

私としてはとても嬉しかったのですが、もう来週からは顔を見ることもないと思うと、

うちの子はもちろん寂しいと思いますが、私もひそかに寂しいですえーん


ぜひ、日本に行っても頑張って(サッカーももちろん続けて)、素晴らしい将来を築き上げてほしいものです。