幸せに生きる方法を考える | 55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

一昔前なら定年を意識する年齢ですが、家族で夢をかなえるために2019年4月に渡米、現地のIT企業のソフトウェア開発部門のエンジニア・PM(プログラムマネージャー)として挑戦しています。

新年最初の投稿になります。

雪は相変わらず積もったままですが、昨日今日は天気も良く、すこし落ち着いたと思います。

 

さて今回は、アメリカにいても日本にいても、どこにいても「幸せに生きるには」というテーマで投稿させていただきたいと思います。

もちろん、この壮大なテーマに対して私の持論を偉そうに語ろうということではなくsmile、本などで読んで腑に落ちたことや、実際に試して感じられたことを共有させていただけたら、という意図になります。

さて、私が「幸せ」に対して最近一番腑に落ちたことで、常に意識するように心がけているのが、以下の本で学んだことなのですが

 


 

今もすでに幸せである、ということを自覚しよう」ということでした。

我々はどうしても、「ああ、あれが手に入れば幸せなのに。。ああ、ああなれば幸せなのに。。」といったように、何かが起きたり手に入ったりしない限り幸せではない、と思ってしまいがちだと思います。
私もやはりそんな風にずっと思ってきました。

その結果、「今がどれほど幸せなのか」を忘れてしまいがちなのですが、客観的に考えると、「今の状態」も素晴らしく幸せなのではないか、ということです。

例えばもしも今、自分の脚で普通に問題なく歩ける状態であるならば、将来事故に合ったり老衰したりといった十分起こりうる理由で 自分で歩けない状態になった状態を基準に考えると、今の状態というのは超幸せといえるかと思います。

あるいは自分の昔の状態、例えば自分自身が小中学生だった頃のことを考えると、その頃は「今が幸せだ」などと思いもしなかったかも知れません。
しかし今にして思えば、生活の心配とか仕事の心配とかしなくてもよかったあの頃はなんと幸せだったのだろうと思ってみたり・・私はします_

なので、上記の本で薦めていたのは「今も十分に幸せである、ということを自覚したうえで さらにより良い幸せを目指す」という気持ちの持ち方でした。


実は幸せというのは相対的なものなので、要するに自分自身が「幸せだ」と思えば どんな状態でも何でも「幸せ」である、という話はいろいろな本や人に語られているかと思います。
逆にいえば、どんなことでもどんな状態でも「不満だ」と思うことはできるでしょうし、そう思ってしまったらどんな人でも不幸な状態ということになってしまうと思います。

結局のところ、「幸せだ」と思ったもの勝ちですからsmile、今がどれほど幸せであるかを自覚して、日々を幸福感を持ちながら生きることで、同じ人生であっても素晴らしいものになり、連動して体調も良くなり、結果色々なことが好転していく ということなのですね。


年末年始休暇が明けて、また仕事をしたり早起きしたりするのは嫌だなあ」などと、だらしない私は思ってしまいがちですが_「仕事がある」「仕事ができる」ということ自体すでに極めて幸せなことだと考えることもできます。smile


なので、新年2022年は、日々の些細な出来事や 状況に対して、それが素晴らしく幸せなことであることを意識して、幸せに包まれた一年にしていきたいですね。