深く考えなかった理由は、「そういうものだと思い込んできた」からだと思います。
物心ついた時から、親・親戚・先生・近所の方々・・あらゆる人たちから「大人になったらだれでも定年まで働くものだ」という先入観を、私だけではなく ほとんどの人が植え付けられてきたかと思います。
また、うちは正直裕福な家庭ではありませんでした。
貯金や財産があるわけでもなく、両親がコツコツと働き続けてくれなければ翌月の生計が立たないような状況でしたから、「なぜ働くのか?」などと悠長に考える余裕さえもありませんでした。
・・したがって、大人になる前の私の中の「働く理由」は単純に「生計を立てるため」であり「義務教育同様の義務」でした。
しかしそんな私も、20代・30代の頃は「働きたいから働く」というマインドで働くようになっていました。
教師として、プログラミング技術を学生さんたちに "楽しく" 伝える仕事は 給料をもらう以上の価値がありましたし、全国出版されている月刊誌に連載記事を書くのは 正直誇らしくもありました(※原稿料はとっても安かったですが(笑))。
20年前にいまの会社に入って担当していた製品は、もともと大好きな製品でしたし その開発に関われるだけで十分なモチベーションがありました。
しかし今はどうかと言うと、今度はやりがいがどうこうという以前に、あまりにも高度で要求が高くてしかも素早い対応を求められて、ついでにコミュニケーションは100%英語という中で、時々押しつぶされそうな気分になることがあります。
そして時々頭をよぎるのが「なんでこんなつらい仕事をやっているんだ?」という思いです。
特に深夜に、すでに家族も寝静まった後に一人で行き詰まったりすると、そういう思いが脳内を支配し、そして「そもそも働くってなんだ?」というような自問自答のループに入ったりします。
もちろん、模範解答は知っています。
「働く理由は、社会に貢献するためである。あなたは少なからず社会から助けられて生きている。だからあなた自身も社会に対して貢献することで、助け合って生きていくのだ」
・・もちろん、その通りだと思います。
でも、なにもこんなつらい思いを仕事ですることはないんじゃないかと思ったりもします。
そこでもう一つ掘り下げて考えるのは、「働き続けた先のゴールは何なのか?」ということです。
10代の頃の私の考えでは、ゴールは「働かなくても生活できるだけの貯金・資産ができること」でした。
つまり、働く理由は生計を立てるためだけなのだから、生計が立つならば働く必要はないという発想でした。
人々が、より大きな仕事に挑戦したり、より高い役職を目指したりするのは単純に、より高い収入を確保して早くそのゴールにたどり着くため、もしくはより裕福な生活を確保するためなのだと思っていました。
しかし、私が今のこの仕事に挑戦しようと思った時のことを思い返すと、決して高い収入のためではありませんでした。
というか、そもそも日本に住んでいた方が、家賃や税金などのことも含めて生活は裕福だったはずです。
お金のためではなく、単純にこの仕事をどうしてもやってみたいという思いと、うちの奥さんの夢を叶えたいという思いで応募し、採用してもらって、今に至っているわけですから、「仕事がつらい」などと言うのは筋違いですね(笑)
もう一度ここで「働き続けた先のゴールは何なのか?」の問いに自分なりに答えてみたいのですが、たぶん、ゴールは「何かを手にすること」なのではないでしょうか。
その「何か」というのはきっと人によって様々なのだと思いますが、私にとってのその「何か」とは2つあって、
1. 世界レベルのソフトウェア開発エンジニアリングスキル
2. 鉄壁の英語コミュニケーション力
この2つを、今の仕事を続けることで手に入れることが大きなゴールなのだと これを書いているうちに再認識しました。
もちろん、他にもたくさんの目的があるのですが、上記2つは今の仕事を続けなかったらまず手に入らないものだと思います。
そんな、私にとっての宝物(スキル)を手に入れるために、多少大変なことがあっても乗り越えて、いつの日かたどり着きたいですね。
