勤続20周年はひとつのゴールといえるだろうか | 55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

一昔前なら定年を意識する年齢ですが、家族で夢をかなえるために2019年4月に渡米、現地のIT企業のソフトウェア開発部門のエンジニア・PM(プログラムマネージャー)として挑戦しています。

今の会社の日本法人に入ってから、2回のアメリカ本社への転職と通算して20年が経ちました。

いわゆる「勤続20周年」です。

※日本法人からアメリカ本社への転職は、実質的には 日本法人の退職ー>アメリカの会社への就職 になるため、退職金ももらいますし新人研修も受けます。しかし、勤続年数のカウントだけは継続になっています

この勤続20周年にはちょっと思い入れがあります。


理由は、第一に、初めて社会人になって その組織での全体の総会に参加した時のことでした。

そこでは永年勤続表彰ということで、「10年勤続」「20年勤続」「30年勤続」の方々が表彰されていました。

私の所属していた課でも、ちょうど我々の課長が20年勤続で表彰されていました。

その時まだ20年ちょっとしか生きていなかった私にとって、「20年勤続」というのはとてつもなく長い期間に思えました。
なにしろ自分が生きてきた人生と同じくらいの期間をその組織で過ごしてきたということですから、気の遠くなるような長さに思えました。

なお、そのとき課長は私たちに「なあに、20年なんてあっという間だよ」と言っていましたが、とても信じられませんでした。


次に20年勤続に思い入れが生まれたのは、今の会社の日本法人に入ったばかりの頃でした。

まだ若い会社だったので、アメリカ本社が創立後25年くらい、日本法人はまだ20年ぎりぎりくらいでした。

なので、日本法人での20年勤続者は極めて少なく、3人しかいませんでした。

会社の総会では、その3人のためのショートムービーが流されたため、大変目立っていました。
そのため数千人いた日本法人の社員の中で、その3人の顔を知らない人はいなくなりました(笑)
別に私のショートムービーを見てもらいたいとは思いませんが(笑)、とにかく非常にビジビリティの高いことなのだとその時は思いました。


ということで、「勤続20周年」を私の人生の中の一つのビッグマイルストーンとして考えていました。

しかし。

今や自分の中では「勤続20周年」は単なる通過点に過ぎなくなっていました。

何といっても、今はチャレンジャーとして未体験の仕事をするために渡米してきて一年ちょっとしか経っていませんから、言ってみればまだ新人の感覚です。

そうですね、とりあえず次の10年、ここで結果を出しながら働き続けることができたなら、ある程度の達成感を味わえるかも知れません。
今の勤続20周年は 本当に単なる通過点でしかありません。

ということは、「勤続30周年」を目指さなくてはならないということですね(笑)

しかし、うちの会社で勤続30周年を迎えられた人って、何人いるのだろう・・

我々の教祖様(この会社の創立者)でさえも、フルタイムの社員としては2008年で退いているので記録上は勤続30周年に届かなかったことになります。
(もっとも彼の場合、生きている次元がまるで違いますので勤続年数など気にしたことさえないでしょうけれど)


ただそれでも、この20年で少しだけ手に入れたものもありました。
とりあえず、英語でコミュニケーションが少しだけできるようになったのはこの20年の成果でした。
入社したころは、(外資系企業に就職したにもかかわらず)英語が下手で苦労しました
まだまだ努力が必要ではありますが、入社したころに比べれば少しは上達したと思います。

一方、IT技術力はどうかというと。。
もちろん知識としては沢山学習してきたものの、根本的なアルゴリズム構築能力に関しては、高校生の頃と大して変わっていないと思います(笑)
それでもとりあえず通用しているということは、母校の技術教育は十分にハイレベルだったといえるのではないかと思います。


いずれにしても、仕事人生はまだまだこれから、はるか先にある勤続30周年を一つの目安にして、精進していきたいところです。