ギャラクシアンとインベーダーゲームを合わせたようなゲームを作る | 55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

一昔前なら定年を意識する年齢ですが、家族で夢をかなえるために2019年4月に渡米、現地のIT企業のソフトウェア開発部門のエンジニア・PM(プログラムマネージャー)として挑戦しています。

今週は、アメリカでは待望の3連休です。
5月26日月曜日がMemorial Day という祝日ということで、2月の祝日以来約3か月ぶりの祝日となります。

しかもうちでは土曜日は実質休みではありません。
毎週土曜日は、うちの子の日本語補習校の授業に相当する内容を家庭で行う必要があり、加えて宿題もどっさりあるため、土曜日は我々親が国語・算数・社会の先生になって、指導要録のようなものを参考にしながらほぼ丸一日がかりで対応しています。

したがってこの3連休は、我々にとっては久々の本格的な連休です。

そこでこの連休で個人的にやりたかったこととしては、「ギャラクシアンのようなゲームを作る」ということでした。

以前、インベーダーゲームのようなゲームを作るのが夢だったという記事を投稿しましたが、私が本当に作ってみたかったのは実はギャラクシアンのようなゲームでした。

ギャラクシアンとは、あのnamco社がインベーダーゲームを超えるゲームを世に送り出そうという意気込みで作られたゲームであり、40年以上前の作品になると思います。

インベーダーゲームに比べて圧倒的に美しい画面、飛来してくるエイリアンなどが印象的だった名作でした。


ギャラクシアンがゲームセンターなどに置かれていたころ、私は小学生でした。

それまでアーケードゲームといえどもモノクロの画面がほとんどだった時代に登場したギャラクシアンは、当時の私には美しすぎて、もう見ているだけで感動していました。

一度だけ、自分の貴重なお小遣いから100円玉を取り出し、ギャラクシアンをプレイするためにゲーム機に投入したのですが、当時の私は「ギャラクシアンを自分の手でプレイする」ということ自体があまりにも夢の世界の出来事だったので、コインを入れた瞬間に緊張して体中がガチガチに固まってしまいました。

結局、緊張しすぎてまともに対応することができず、なんと10秒もしないうちに3基ともやられて終わってしまいました(笑)

当時の私にとっての100円は、感覚的には今の1万円くらいの価値だったと思いますが、なにもできずにそのお金が10秒足らずで溶けてしまったあの体験は、非常に苦いものでした。


・・あれから40年以上の年月が経ち、ファミコン版ギャラクシアンやPC版ギャラクシアンなど、もう数えきれないほどギャラクシアンをプレイして、もうあの小学生の頃の苦い思い出も忘れかけていました。

ただ一つ、小学生のころから思っていたことがありました。

ギャラクシアンに、まるでインベーダーゲームのようなUFOが出てきたら、もっと面白いのに!」と。

技術的に言えばそれは決して難しいことではありません。

なので、今回自分で作ってみました。

1か月前くらいに作ったインベーダーゲームのようなゲームを拡張する形で、エイリアンを飛来する形にすることでそれほど悩むことなくできました。



・・はい、ツッコミどころ満載なのはわかっています(笑)
しかしどの道、このソースコードなどを一般に公開するわけではないので、遊べるレベルにまでできたところで満足しています。

また、プログラミングが「楽しい」だけで終わるのは、実はこのギャラクシアンもどきのように、自分のためだけに自分の好きなようにコードを書いているときだと思います。

他人のために、つまり他人の(時には無理無茶な)要求を聞き入れて、しかも複数の異なる環境でも動くようにするなどといった作業は楽ではないので、やっぱり仕事で正式にコードを書くのはしんどいことも多いと思います。

なので、休日に自己満足のために行うプログラミングには、仕事のそれとは違った楽しみがあると感じています。