新年最初の投稿は、お酒についての記事です。
日本でもアメリカでも、お祝い事にはお酒が出てくることが多いと思います。
ただ日本とアメリカで違いを感じるのは、日本では「たくさんお酒を飲むことを推奨される」風潮がどことなく漂っているような気がしますが、アメリカでは「飲みたければ飲めばいいし、飲みたくなければ無理に飲むことはない」という原則があるように感じます。
さらに日本では、上司や先輩から「オレの酒が飲めねえっていうのか?」なんて言われながら半ば強制的に許容量以上のお酒を飲まされたり、飲み会の場でたくさん豪快にお酒を飲むことがなぜか美徳とされる風潮があるような気がします。
・・いつからそのような風潮が生まれてしまったのかわかりませんが、もともとお酒は、神様に捧げるものであり、とても特別な飲み物であったそうです。
日本でのお祭りの多くは「神様に感謝する」というところから始まっており、そこでお祭り事とお酒はいつしか切っても切れない関係となり、さらに発展してお祝い事にはお酒をふるまうのが常識となっていったようです。
一方アメリカではどうかと言えば、実は法的には日本よりもはるかに厳しい状況にあります。
例えば日本では定番の「お酒をたしなみながらのお花見」ですが、アメリカでは実質それはできないようです。
そもそも公の場(ビーチとか公園など)や路上でお酒を飲むのはたいていどの州でも禁止であり、また警察の取り締まりもとても厳しいので、日本のお花見のような風景はアメリカでは見られない、ということになると思います。
一方家飲みに関しては、おそらく個人差が激しいのだろうと思います。
ビールなどは、アメリカの方が日本よりも安いようで、しかも大量に売られているので、買う人は大量に買っておそらく毎晩のように飲むのだと思います。
ただ私が招待されたことがある家はどこも小学生がいるせいもあってか、豪華な料理は振舞っていただいても、お酒が振舞われたことは少なく 出ても味見程度でした。
つまり、日本ではある程度「付き合い」のような形でお酒を飲むことが要求されることもあるけれど(昔に比べて強制度は弱まっていると思われますが)、アメリカでは飲みたい人は家やバーで好きなだけ飲めばいいし 飲みたくなければ飲まなければいい、という前提になっているように感じます。
ところで私はどうかと言えば、これまで色々ありましたが、この数十年の結論としては「お酒の味は嫌いではないけれど、酔うことは好きではない」ということです。
ひとりで酔ってしまうとそのあとの時間がほぼ無駄な時間になってしまい、やりたかったことも、やるべきこともその日はほぼ出来なくなってしまう・・なのでもったいないと感じてしまいます。
なので、少なくとも家でひとりでお酒を飲むということに関しては、ほとんど価値を見いだせていません。
(※気心知れた仲間内数人で、お酒を飲みながら普段はしないような話をすることには価値を見出しています。)
ちなみにうちの奥さんはアルコールアレルギーなので、全く飲みません。
「お酒の味は嫌いではない」と書きましたが、好きで好きでしょうがないわけではありませんし(笑)、本当においしいお酒は値が張ります。
そのお金で家族3人でおいしいものを食べたり、楽しんだりすることに使った方が、高いお酒を買ってわずかな味覚の楽しみを 酔いというリスクを負いつつ得るよりもはるかに投資対効果が高いというのが私の中の結論です。
もちろん上記は私個人の私に対する見解であり、他の方のことに関して言及するものではありません。
お酒が本当に好きで、おいしいお酒を飲むことを楽しみに日々頑張る、といった考え方ももちろん尊重しています。
ただ不思議なのは、うちではお酒を買わない分お金が残りそうな気がしますが、実際にはなぜか全然そうならない、ということなんです。。(笑)