うちの子の学校が始まる | 55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

一昔前なら定年を意識する年齢ですが、家族で夢をかなえるために2019年4月に渡米、現地のIT企業のソフトウェア開発部門のエンジニア・PM(プログラムマネージャー)として挑戦しています。

先週からいよいよ、うちの子がアメリカの小学校に通い始めました

何と言っても最大の心配事は、彼が小学校から逃げ出してしまうか 登校拒否になってしまう可能性を否定できないことでした。

ただでさえ恥ずかしがり屋で、古くからの友達や集団を大切にする子です。
これが仮に日本国内での転校であっても、新しい学校に馴染むにはかなり苦労したはずです。

そして彼は日本を愛しています。
アメリカに住むことで、「自分は日本人なのだ」という認識を 子供ながらに強く持つようになりました。
日本とアメリカの違いを肌で感じ取り、日本という国の素晴らしさをすでに理解しています。
そして、日本には大親友をはじめ、たくさんの友達がいて、大好きな場所があります。

そして最大の問題として、日常英語をまだ話せません。
一応、保育園時代から毎週英会話教室にも入っていて、渡米前・渡米後にそれなりの回数の英語レッスンを受けてきましたが、まだ「通常の生活や通常の学校の授業でそのまま英語を使う」という感覚は持てていません。

・・にもかかわらず、普通にアメリカ人の子供たちの通う小学校に、普通にこの地域の小学生として通うわけですから、心配にならない親はいないと思います。


ところで、アメリカの小学校には入学式・始業式といった行事はありません

代わりに、新年度が始まる一週間ほど前に、Open houseというイベントが学校で開かれます。

それは要するに、新しい学年の新しい担任の先生に初めて会う機会であり、新しい教室や席などを確認して、どんなクラスメイトがいるのかを確認して、翌週から迷うことなく新しい教室に来て授業が受けられるように準備する、という時間なのですが、我々にとってはそれが初めての、小学校の校舎の中に本格的に入る機会でした。

とりあえず、そのOpen houseでの印象は、アメリカの小学校とはもっと規則にうるさかったり冷たい印象のある世界だと思っていたのですが、とりあえず担任の先生が予想以上に親身な方で、とても世話焼きな感じの優しそうな先生だったことをはじめ、とても暖かい空気が流れている学校だったということでした。

そういえば、この学校についてよく知っている人たちから以前聞いた話では、この学校は規模は小さい(だいたい学年に2クラスくらいしかありません)けれども、先生たちのサポートが半端なく、どこまでも親身に対応してくれる、いい学校である、ということでした。

・・聞いたときは話半分に聞いていたのですが、今、その人たちが言っていたことの意味が分かりました。


さらに素晴らしいことに、なんと同じクラスの、しかも斜め前くらいの席に、日本人ハーフの男の子がいることがわかりました。名前も思いっきり日本人の名前です!
その子は日本語は話せないそうですが、母親は話せます。(本人曰く、日本語の読み書きはできないそうですが。。)
髪の毛の色も金ではなくて黒ですし、肌の色も黄色でしたので、日本を愛するうちの子にとっても親しみやすいと思います。


そしていよいよ、授業が始まりました。

もしも何か問題が生じるようであれば、すぐ連絡がはいるはずなので、学校やうちの奥さんから連絡がないということは、とりあえず大きな問題は生じていないということだろうと思っていましたが、やはり不安でした。

そして最初の日はなるべく早く帰り、うちの子に話を聞いてみました。
すると彼は「何をやっているのかさっぱりわからなかった」と言っていました。
まあ、そりゃあそうでしょう。

それでも今のところはとりあえず、拒絶反応がでている感じではなく、学校に行くこと自体は嫌がっている状態ではないことは大きな救いです。

いずれにしても、まだ始まったばかりなので、これから本格的に彼の冒険(まったく異なる世界の小学校に通うという冒険)が始まるのだと思っています。