日本から送っていた船便(すべての家具類)が届く | 55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

一昔前なら定年を意識する年齢ですが、家族で夢をかなえるために2019年4月に渡米、現地のIT企業のソフトウェア開発部門のエンジニア・PM(プログラムマネージャー)として挑戦しています。

日本から送っていた船便(すべての家具・所有物を含む)が届きました。
ある意味これが、日本からアメリカへの移住の一つの節目と言える、重要な行事だと思います。
これで、日本での生活基盤ともいえるすべての道具や家具が揃ったことになります。

・・と言いつつも、実際にそれらの道具類がすべて使えるようになるまでにはまだ一か月以上かかりそうです。
何しろ、船便で送られてきた段ボール箱の総数は230個にもおよび、今のところ家じゅう段ボール箱だらけです(笑)



この230箱もの段ボール箱の搬入のために、体格のいいお兄さんたち3人が、朝9時半くらいから夕方5時くらいまで、汗だくになりながら運んでくれました。

我々は、運ばれた段ボール箱に振られている番号を照合しながら、可能な限り段ボール箱を開けて、空になった箱を持って帰ってもらいました。
かなりの数開けたつもりでしたが、おそらく30箱くらい空にするのがやっとだったと思います。

とにかく今のままでは生活空間が狭すぎてまともな生活ができないので、毎日極力早く帰って、深夜まで家具を組み立てたり箱の中身を出したりしています。


・・もちろん、とても大変な作業ではありますが、箱を開けるたびに懐かしいものが出てくるので、まるで宝箱を開けている気分です(笑)

思えば、私は4月13日に日本を離れてから4か月間、それらの家具や物に全く触れていなかったので、とても懐かしいです。

もちろん、日本の部屋でも収納の奥深くにしまい込んでいて、何年も見ていなかったようなものも見つかったりして、懐かしさがこみ上げてきます。


ただ、それと同時に、もう後には引けない感が溢れています。
もちろん、現実的には家具や物をアメリカに持ってきたこととは関係なく、あらゆる意味で後戻りする道などないのですが、やはり物理的に、日本にあったものがすべてこちらに届くと、完全にアメリカに移住してきたのだという実感が大きくなります。


おそらく、いつか日本に戻る時がきても、今回のようにすべての家具や物を運んでもらうサービスは利用できないと思います。

おそらくこの230箱の輸送には、莫大な費用がかかっていると思われます。
梱包も業者にやってもらい、それも3日間かかったので、その人件費だけでも結構な額なはずですし、アメリカの税関を通すのも大変な作業だったはずです。

今回は会社負担でやってもらえたのでこの大移動が実現しましたが、例えばリタイヤして日本に帰る、ということだと当然自己負担で家具なども送る必要が生じますが、おそらくはほとんどの家具類はこちらで処分して、どうしても捨てられない貴重なものだけを自費で船便で送ることになると思われます。

しかし、そんな日が来るのはもっとずっと先のことと信じて、今は一日でも長くここで働けるように、心身の健康に気を付けながら新しいことを覚えて、チームの力になれるよう努力し続ける必要があると思います。