家族の渡米予定が明確になる | 55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

一昔前なら定年を意識する年齢ですが、家族で夢をかなえるために2019年4月に渡米、現地のIT企業のソフトウェア開発部門のエンジニア・PM(プログラムマネージャー)として挑戦しています。

家族が渡米してくる日が決まりました。

これまで「先発隊」としてとりあえず生活できる基盤を整え、仕事を軌道に乗せることに専念してきましたが、その期間ももう少しで終わろうとしています。

この数か月のうちの奥さんの苦労は計り知れないものだったと思います。
何といっても、8歳の子供の面倒を一人で見てもらいつつ、しかも彼女はPTAをやっているのでほとんど休む間もなかったと思います。
また、日本のマンションの賃貸の手続きや、国民年金の手続き、様々なことの解約手続き、そして家具類の配送手続きなど、面倒なところを受け持ってもらいました。
彼女の膨大な貢献なくしてこの新生活への移行はあり得なかったと思います。

この数か月間、家族3人とも非凡な日々を重ねて決して楽ではなかったと思いますし、この先もきっと楽なことばかりではないと思いますが、これは家族全員の夢を本気で実現させるための前向きな開拓、素晴らしい未来のためのステップだと思ってやっていきたいと思います。

とくにうちの子にとって、最初はどう考えても大変な日々になってしまうと思います。
最初からうまくなじんでくれるとは全く思っていませんが、時間はかかったとしても将来的には100%間違いなく彼ならこの新しい世界で成長していってくれると確信しています。
(最初の数か月は100%嫌がると思いますが。。)
我々親は、あせらないことが重要だと思っています。「風と太陽」の太陽の精神を持ち続ける必要があると思っています。


いずれにしても、家族が来てくれたら私にとっても全く新しい日々になると思います。
そこからこのブログも第二章といったところでしょうか。

この第一章「先発隊編」ももう少しで完結です。